【短】今夜、君と夜を待っている。
翌朝、遅刻こそしなかったもののコンディションは最悪で、教室に着くとすぐに春乃が駆け寄ってきた。
「ど、どうしたのその顔。泣いたの?⠀ちょ、廊下行こ」
「春乃……」
「うんうん、わかったから。ほら」
まだ早い時間だから人は疎らで、そのなかで目が合った子が驚いたような顔をする。
そんなにひどいのかな、高平くんに見られたくないな。
当の高平くんはまだ登校していないようだと安堵し、春乃に連れられて廊下に逆戻りしようとしたとき。
「あ……」
高平くんが、目の前にいた。
ちょうど教室に入ろうとしていた高平くんと、後ろを確認しなかったわたしの肩がぶつかる。
咄嗟に顔を俯けたけれど、ほんの一瞬、見られてしまったかもしれない。
高平くんは何も言わずにわたしと春乃を避けて教室に入っていった。
ほっとすればいいのか、悲しめばいいのか、自分が傷付いたのかさえもわからなくて足元がふらつきかける。
春乃が強く腕を引いてくれなければ、きっと地べたに座り込んでいた。
廊下の突き当たりまで行くと思ったのに、春乃は少し先で足を止めて、いつかのようにわたしの肩を掴んだ。
「私でいい?」
「……え?」
「高平がいいなら、あいつを呼ぶよ」
わたしが今そばにいてほしいのは春乃だときっとわかっていて、それでも高平くんの名前を出してくれた。
これまで、夜が明けたら高平くんへの想いをはっきりと認められなかったのは、教室には夜のような高平くんがいないからだと思っていた。
たぶん、本当に、そうでもあったのだと思う。
けれどもう、すれ違ってもぶつかっても、何も言ってくれなくても、引き止められなくても、変わらなかった。
真ん中にあるものがもう、動かずにそこにいる。