パトリツィア・ホテル
勇人は、怯んだそいつにさらに拳を浴びせた。

砂浜には、彼がインストラクターを殴る……その、鮮やかだけれど嫌な音が響き渡る。

「ちょ……勇人……」

暫くは恐怖で動けなかった私は、ようやく口を開いた。

「やめて……やめてよ」

インストラクターは完全に戦意を喪失していて殴られるがままで……だけれども、勇人はまだそいつに掴みかかっていた。

私は立ち上がって彼の元へ走り、その背中を思わずギュッと抱きしめた。

「咲……離せよ。こいつは……こいつだけは……!」

「嫌だ……嫌だよ、勇人。私、こんな勇人、見たくない……」

私の視界は涙で滲んで……この顔をグッと背中に押しつけた。

「見たくないんだよ……」


そう……私の知っている勇人は、いつでも優しくて。

ちょっとお調子者なところもあるけれど、笑顔がとても可愛くて。

だけれど、本当は寂しがりやで泣き虫で……

だから……悪いのは全部、私。彼の言うことをきちんと聞かずに調子に乗っていたから……そのことは、よく分かっていたんだけど。

こんなにも憎悪と怒りに駆られている彼なんて、見たくなかった。


背中を伝って流れる、私の熱い涙を感じたのか……勇人は、握りしめていたその拳をゆっくりと下ろしていったのだった。
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