きみが空を泳ぐいつかのその日まで
二限目が始まるチャイムがいつ鳴ってもおかしくない頃、久住君は突然目を覚まして大きく背伸びをした。

「おまえはゾンビか」

嶋野君の突っ込みでクラスに笑いが起こる。

「起きたら職員室に来いってさ、ヨネが」

クラス委員の谷崎君も、担任からの伝言を伝えにきた。


久住君はまだ眠そうな目をこすりながらそれに適当な相づちをうつと、机のうえに出しっぱなしの嶋野君のノートを取り上げて、中身をぺらぺらとめくりはじめた。


「おい、貸してくださいくらい言え!」
「そんなたいしたもんじゃねえだろ」
「はぁ!?」
「字が読めねーよ、こんなんじゃ俺また赤点じゃん」
「おまえ何様だこら!」
「写す気うせる……」
「頭がわりぃのを人のせいにすんな!」


そんな二人の漫才みたいなやり取りの着地点が、まさか自分だなんて思いもしなかった。

「あのさ、さっきの授業のノート貸してくれない?」

声の方を見ると、久住君がこっちを見てにっこり笑っていた。

「う、うん」

ノートを手渡してから、これは朝のお礼を言うチャンスだと気がついた。

「あの、さっきは」
「え?」
「えーっと、あの……」
「ん?」
「なんでも、ないです」


結局勇気がなくて、会話はそれで終わってしまった。学校でも家でもあまりしゃべることがないせいか、自分の声の細さにびっくりした。きっと彼は何も聞き取れなかったはず。


それなのにノートの表紙を見ると、予想外にもまたこっちに向き直った。

「そうだ、神崎(かんざき)さんだったね」
「あっ、うん」


入学初日のホームルームで一人一人自己紹介をしたけれど、私の名前を覚えている人なんていないだろうから、改めまして、かな。

「……どっかで会ったことある?」
「ううん、ないと思うけど」
「だよね」

久住君は右手でシャーペンをくるくる回しながら、もうノートを開いていた。

「おぉ。まとめるのすげーうまいし字がきれい!」
「ふ、ふつうだよ」

褒められたことが嬉しかったり恥ずかしかったりで、とたんに顔が熱くなった。

「なんでうちの学校選んだの? 意外と野望抱えてたり?」
「それはえっと……」

彼のつぶやきは素朴な疑問なんだろう。それに対する答えはちゃんと持ってる。でも。
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