きみが空を泳ぐいつかのその日まで
《姉と遭遇する確率の低い場所を選んだからだよ》

そんな個人的なことを、久住君に言えるわけがない。
実際たったそれだけの理由で、自分のキャラにはそぐわないこの学校を受験した。

自由な校風だから、生徒はみんなおしゃれで個性的。着崩した制服も身につけたアクセサリーも明るい髪色も、すべてがキラキラしていて地味な私には眩しいくらい。

髪をいじっていないのは私たちくらいかもしれない。制服を崩していないのも、アクセサリーをつけていないのも。

それなのに彼には圧倒的な存在感がある。特に着飾らなくてもつねにみんなの注目のまとだって鈍感な私でも入学早々から感じていた。

久住君はすらりと手足が長くて顔も小さい、校内の誰もが認めるいわゆるイケメン君。

生まれもった容姿だけでみんなの目を引くのに、時々寝癖が付いていたり居眠りしたり赤点を取ったり。そんな奔放な一面も彼の魅力なんだと思う。

でもいざというときは頼もしいリーダー的な存在で、そんなところも先生を含め、みんなに愛されている気がする。

対して隣の席の自分はチビで暗くてこの学校ではたぶん浮いた存在。それをちゃんと自覚しておかないと残りの3年間がきっとつらくなる。

「ね、これってさ」
「はっ、はい!」

驚いて、声が裏返ってしまった。だって、もう会話はあれで終わってしまったと思ってたから。

「ダビニフスって、こんなの古典でやった?」

心臓が、どくんと跳ねた。
胸の内ポケットに隠し持っていた、いけないものがみつかってしまった気がして。

「意味知ってんだ?」
「なんとなく……だけど」
「これ、ちゃんと漢字があんだよ。えーと草かんむりに……なんだっけ」

すごいな。15歳にはすこし早すぎる言葉じゃないかなと思ってたのに。

「身内がもうだいぶ前にダビニフサれちゃって。だから知ってんだけど」

さらに驚いた。
彼は小説や映画じゃなく、実体験としてその言葉を自分のものにしていたから。
< 4 / 81 >

この作品をシェア

pagetop