きみが空を泳ぐいつかのその日まで




痛みで目が覚めた。
息をするだけであちこちがズキズキと疼く。

ボコボコに腫れ上がってる口内に鉄の味が染みて、生きてることを改めて自覚する。
あぁそうか、やらかしたんだった。

清潔な白い部屋に、腕から伸びる管。
それをぼんやり辿ったら、心配そうに俺を見下ろしてる母さんと目があった。
ヤバい。

(……ごめんなさい)

そう言ったつもりが声にならない。
舌が傷口に触れるのが痛すぎて。

「バカタレ!」

緊張みなぎる顔つきが、泣き出しそうに崩れたからなんにも言い返せなくなる。

そういえばこの人は俺がやらかしたあとのこの状況をよく知ってるんだった。

母さんの腕のなかでユキがこっちをじいっと見てる。目の前にいるデコボコな奴が俺だってわかってんのかなぁ。

一瞬不安がよぎるけど、握ったげんこつをヨダレまみれにして、ウズウズしてるのがわかってちょっと嬉しかった。

「あーうー!」
「雪人だめだよ、我慢してね」

小さな2つの手のひらが俺を求めて宙を掴んだから、それに応えようと腕を伸ばした。でも、慌ててその手を引っ込めた。
包帯が巻かれているはずの腕に、あいつらの血糊がベットリついているようで。

「ぶー!」
「お兄ちゃんいたいいたいだから、ね?」

雪人が不貞腐れているように見えたけど、動揺してなだめてやることすらできなかった。

あれから何日が過ぎたんだろう。
どんくらい寝てたんだ俺。
聞きたいことは色々あるのにうまく喋れない。

「死んじゃったかと思ったんだからね! もうビックリしてどうしようかと……」

怒っていたはずの母さんはグズグズ泣き出してしまった。

(だからごめんって)

伝わるかはわからないけど目で謝罪する。

「ごめんですんだら警察はいらないの!」

……なんか伝わってるし。

「あらあらまたやっちゃったんだね、しばらく大人しかったのにね息子さん。って警察に言われる親の気持ちをあんたは察したことがあんの?」

親の気持ち、かぁ。

物心ついたときは父子家庭で、このままずっとひとりっこなはずだった。

寂しいときもあったけど、親父との生活にはなんの不満もなかったな。あの人との暮らしは、普通に楽しかった。
それなのに急に再婚するって言い出して、それに反発して。

思春期とか反抗期とか、そういったのも災いしていたかもしれないけれど、あの時は純粋に死に別れたかあちゃんが可哀想だと思ってしまったんだ。

あんなに楽しそうに思い出話を聞かせてくれたのに、それがもうなくなるんだと思った。
これからは母ちゃんのことは禁忌。
暗黙のうちに、そう言われたような気がした。

でもそれは違ったと、後になって気がついて心を入れ換えたつもりだった。自分は今以上にガキだったんだ。

申し訳ない気持ちと、虚しい気持ちがいっぺんに込み上げてきた。

俺は家族の誰ともほんとうの家族ではなかった。
エリが泣きながら言ってたからたぶん嘘じゃないし、悪夢でもない。

でもそれならうろたえて安堵して、額に血管が浮くくらい本気で怒ってるこの人はいったい誰だ?

俺んとこに行きたくて行きたくて、こっちに短い腕を伸ばして口をへの字に曲げてるのは?
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