きみが空を泳ぐいつかのその日まで
「あわてて検査したんだよ?そしたら骨のいっぽんも折れてないの。頭もたんこぶですんでんの。泣きながら笑っちゃったよ。どんだけ頑丈にできてんのよその身体。パパと葵さんに感謝しなさいよ?」
そう諭されて、やっぱり心境は複雑だった。
もしかして母さんは、事実を知らないんだろうか。親父はこの人にすら、真実を伝えてはいないんだろうか。
「パパなんかこの数日あちこちで謝り倒してんだからね。それにしても盗難とか器物破損ってなんなの? 凶器持ち出そうとするなんて、あんた何考えてんのよ!」
その言葉をすぐには理解できなかった。
「覚えてないの?そばに転がってたんだよ、暖簾とその棒が」
「暖簾?」
思わず声が出た。
「お店には挨拶してあるけど、ちゃんと行って一緒に謝ろう。盗ったことも壊したこともさ」
記憶を手繰り寄せるけどちゃんと思い出せない。
「理人じゃないの?」
思い出そうとすると、頭がズキズキと痛んだ。
「あの場所からすぐの飲み屋さん。思い出せない?」
急に、映画のダイジェストを見るより鮮明にあの夜のことを思い出した。
神崎さんと本屋でバッタリでくわしたこと。
俺達が同じ本を探していたこと。
二人でみどりさんて人に会いに行こうとしていたこと。
エリに鉢合わせて、不意討ちアッパーみたいな現実をくらったこと。
苛立ちまかせに喧嘩を買ってしまったこと。
「理人さ、守ろうとしたんでしょ、つぼみちゃんのこと。だからあんな物まで必要になったんじゃないの? 彼女をめぐって喧嘩になったんでしょ、違う?」
彼女がすぐそばにいたことを思い出して、全身の血の気が引いた。
「神崎さんどうなった?」
気付いたら痛みも忘れて、前のめりになっていた。
「大丈夫。どこも怪我してないよ。ただ長く雨に打たれてたみたいで低体温症っていうのかな、体力なくしちゃってまだ目覚めてないみたい。今は別の病院に入院してる」
脳ミソがぐらんぐらん揺れてる。
最悪だ、俺。
「あちら様の気持ちを逆撫でしちゃいけないからって、パパがひとりで挨拶に行くって言ってたけど……もし別れるようなことになったらそれは……」
「違うよ」
食いぎみに訂正したら母さんは怪訝な顔をした。
「そうなの? あんたが殴りかかるくらいのことがあったんじゃないの?」
首を横に振る。付き合ってなんかないし、守れてすらいない。
「つぼみちゃんね、自分もいっぱいいっぱいだったはずなのに、毛布みたいにあんたにくっついてなかなか離れなかったって。あんたを雨から守ってるみたいだったって。だからてっきりそうだと思って……」
記憶の隅の隅を辿っていくと、彼女を突き放すような酷いことを、たくさんしたことを思い出した。
もう前みたいに話したり、笑いあったりはできない。もうそばにはいられないんだ。そう自分に、強く言い聞かせた。
そう諭されて、やっぱり心境は複雑だった。
もしかして母さんは、事実を知らないんだろうか。親父はこの人にすら、真実を伝えてはいないんだろうか。
「パパなんかこの数日あちこちで謝り倒してんだからね。それにしても盗難とか器物破損ってなんなの? 凶器持ち出そうとするなんて、あんた何考えてんのよ!」
その言葉をすぐには理解できなかった。
「覚えてないの?そばに転がってたんだよ、暖簾とその棒が」
「暖簾?」
思わず声が出た。
「お店には挨拶してあるけど、ちゃんと行って一緒に謝ろう。盗ったことも壊したこともさ」
記憶を手繰り寄せるけどちゃんと思い出せない。
「理人じゃないの?」
思い出そうとすると、頭がズキズキと痛んだ。
「あの場所からすぐの飲み屋さん。思い出せない?」
急に、映画のダイジェストを見るより鮮明にあの夜のことを思い出した。
神崎さんと本屋でバッタリでくわしたこと。
俺達が同じ本を探していたこと。
二人でみどりさんて人に会いに行こうとしていたこと。
エリに鉢合わせて、不意討ちアッパーみたいな現実をくらったこと。
苛立ちまかせに喧嘩を買ってしまったこと。
「理人さ、守ろうとしたんでしょ、つぼみちゃんのこと。だからあんな物まで必要になったんじゃないの? 彼女をめぐって喧嘩になったんでしょ、違う?」
彼女がすぐそばにいたことを思い出して、全身の血の気が引いた。
「神崎さんどうなった?」
気付いたら痛みも忘れて、前のめりになっていた。
「大丈夫。どこも怪我してないよ。ただ長く雨に打たれてたみたいで低体温症っていうのかな、体力なくしちゃってまだ目覚めてないみたい。今は別の病院に入院してる」
脳ミソがぐらんぐらん揺れてる。
最悪だ、俺。
「あちら様の気持ちを逆撫でしちゃいけないからって、パパがひとりで挨拶に行くって言ってたけど……もし別れるようなことになったらそれは……」
「違うよ」
食いぎみに訂正したら母さんは怪訝な顔をした。
「そうなの? あんたが殴りかかるくらいのことがあったんじゃないの?」
首を横に振る。付き合ってなんかないし、守れてすらいない。
「つぼみちゃんね、自分もいっぱいいっぱいだったはずなのに、毛布みたいにあんたにくっついてなかなか離れなかったって。あんたを雨から守ってるみたいだったって。だからてっきりそうだと思って……」
記憶の隅の隅を辿っていくと、彼女を突き放すような酷いことを、たくさんしたことを思い出した。
もう前みたいに話したり、笑いあったりはできない。もうそばにはいられないんだ。そう自分に、強く言い聞かせた。