きみが空を泳ぐいつかのその日まで
久住家のお墓は学校の最寄り駅からタクシーで10分くらいの場所にあった。

急勾配を昇っていった先に閑静な新興住宅地があって、さらにその上にある霊園で久住君のお母さんは眠っている。

ひとりで行くんだと決めていたわりに、タクシーの運転手さんに行き先を告げるだけで緊張して声が裏返ってしまった。

冷房のきいた車内からよく知っているはずの街並を見下ろして、それから抜けるような青空を見上げると目の奥がどくん、と脈打った。

お墓に花と水を手向けて手を合わせた。
頭を打ったとき、痛かっただろうな。死んだとわかったときはビックリしたと思う。

愛しい家族にもう会うことも触れることもできないと知ったときの絶望や後悔。
想像すらしなかった深い悲しみに襲われたはず。

だけど今あふれてくるのは、謝罪じゃなくて、感謝の気持ちだった。

『久住君のお母さん、ありがとうございます。あなたのおかげで、私は今を生きています。生きていたから、大切な人に……久住君に出会うことができました』

じっと目を閉じて手を合わせている最中、何かに呼ばれたような気がして顔を上げると、さわさわと頭上で木々が揺れていた。

時折吹く風に細い枝がこすれあい新緑に色づいた葉が小さな音を立てるのが、内緒話をしようと私を誘っているような気がしてならなかった。

これ、桜の樹だ。
花を付けていないからすぐには気づかなかったけれど、それは春に満開の花を咲かせていた桜だった。

花を落とした今もずっと、ここでちゃんと生きていたんだね。

ふいに胸をつくような切なさが心にあふれてくる。
みどりさんて、誰だろう。

会った記憶もない人に、もう一度だけ会いたいと心がだだをこねているのはなぜなんだろう。
これはいったい何に対する恋しさなんだろう。

その思いを止めることができなくて、細い煙をたなびかせているお線香がチビて灰になっても、ずっとずっと墓前に座り込んでいた。

お参りをすませると、霊園のすぐ近くにみつけたベンチに座って、ぼんやり街を見下ろした。千絵梨はあれから、どうしてるのかな。

あの夜喧嘩して以来、連絡は取っていない。
ちょうど今頃学校は昼休みだ。
電話をしてみようか、でもなんて話せばいいのかわからない。

迷った挙げ句、メッセージを送ることにした。
何て送ればいいかな。
チラチラと溢れる木漏れ日が時々文字をかすませる。言葉をつむぐのにだいぶ時間がかかってしまった。

千絵梨の学校がある方角に目を向けた。頭上に広がる青空は、途切れることなくどこまでも続いてる。

『今日、行くね』

人差し指は少しためらってから、送信マークに触れた。

送ったメッセージはすぐ既読になって、すぐに『うん』って一言が返ってきた。

『夏休み、こない?』

勇気を出してそう打った。
すぐ既読になったけど、なかなか返事は返ってこなかった。

待ったりしない方がいい。
もう行こう。
そう思ってベンチから立ち上がった時、スマホがまた鳴った。

『USJに行ってみたい』

画面の文字に心が躍り、急いで返事を返した。

『一緒に行こうよ』

少しだけ間があって、千絵梨からはスタンプが返ってきた。

『OK!』

音符や星を周りにいっぱい散らして、ジャンプしてはしゃいでいるうさぎのスタンプだった。

いいのかな。
私もこの子と同じくらい喜んでも、いいのかな。
< 76 / 81 >

この作品をシェア

pagetop