きみが空を泳ぐいつかのその日まで
「……やっとみつけた」
スマホの画面から顔を上げると、広場の入口に制服姿の久住君が息を切らして立っていた。傍には自転車がある。
「なんで?」
「今昼休みじゃん」
「じゃなくて……」
「学校にはちゃんと戻るって」
そういう意味じゃなくて。
「自転車で……ここまで来たの?」
「だって帰りが楽チンだし」
私はベンチから……彼から離れようとした。
「お父さん待ってるから、もう行くね。お参りさせてくれて、ありがとう」
「駅まで送るよ。どうせタクシーで来たんだろ?」
目をそらしたまま彼の横を過ぎようとしたけれど、腕を掴まれてしまった。
ほら乗って、と促され初めて自転車のステップというものに立った。
オロオロしていると、足踏ん張ってしっかり肩に掴まってればいいと言ったからその通りにした。
下り坂をノーブレーキでぐんぐん行くはずだと構えていたらまさかの低速運転で、逆にバランスをとるのが難しかった。
甲高い間抜けなブレーキ音を立ててぎこちない二人乗りがゆっくり坂をくだっていく。
自分の自転車もすぐこんな音を立てた。
捨てられた仔猫が鳴いてるみたいだって感傷的になったこともあった。
そんなことを思ったら、これまで見てきたいろんな景色が次々と脳裏をよぎって涙が込み上げてきた。思わず手に力が入る。
「もう少し力抜いていいよ、落としたりしないから」
「ごめん、うまくバランス取れなくて」
違うんだ。
手を突っ張ってるのは、これ以上彼に近寄ったらダメだってわかっているから。
「……昨日の今日でいなくなるとか思わなかったから、今すげーホッとしてる。実はめちゃくちゃ探した」
何も言えなくて、久住君の髪が風に流れるのを見ていた。
「俺のこと嫌いでも何でもいいけど、あの日……信じてって言ったのは本心だよ」
もしかして私達が避けつづけた、あの夜のことを言っているんだろうか。
「あの日から逃げてれば何もなかったことにできるのかもって思ったけど、やっぱそんなの無理。俺らもう赤ん坊の頃から知らないうちにお互いの人生に絡んじゃってんじゃん。なのにそれを一人でほどこうとすんなよ」
所々の声が自転車のブレーキ音にかきけされそうで、彼の声が風に飛ばされないようその一つ一つを必死で拾った。
「ただ謝りたかったんだ。嫌な思いいっぱいさせて、ごめんな」
「ううん、久住君がそんなふうに思うことなんかいっこもないよ?」
広い背中が震えているような気がして、慌てて否定した。
彼の表情がわからないと、不安になる。
泣いてしまいそうになる。
あの雨の日の彼の小さな呟きを、私はずっとお守りにしてきた。
強くなれたはずだった。
それなのに涙があふれそうになる。歯をくいしばって、強引にそれを閉じ込めた。
スマホの画面から顔を上げると、広場の入口に制服姿の久住君が息を切らして立っていた。傍には自転車がある。
「なんで?」
「今昼休みじゃん」
「じゃなくて……」
「学校にはちゃんと戻るって」
そういう意味じゃなくて。
「自転車で……ここまで来たの?」
「だって帰りが楽チンだし」
私はベンチから……彼から離れようとした。
「お父さん待ってるから、もう行くね。お参りさせてくれて、ありがとう」
「駅まで送るよ。どうせタクシーで来たんだろ?」
目をそらしたまま彼の横を過ぎようとしたけれど、腕を掴まれてしまった。
ほら乗って、と促され初めて自転車のステップというものに立った。
オロオロしていると、足踏ん張ってしっかり肩に掴まってればいいと言ったからその通りにした。
下り坂をノーブレーキでぐんぐん行くはずだと構えていたらまさかの低速運転で、逆にバランスをとるのが難しかった。
甲高い間抜けなブレーキ音を立ててぎこちない二人乗りがゆっくり坂をくだっていく。
自分の自転車もすぐこんな音を立てた。
捨てられた仔猫が鳴いてるみたいだって感傷的になったこともあった。
そんなことを思ったら、これまで見てきたいろんな景色が次々と脳裏をよぎって涙が込み上げてきた。思わず手に力が入る。
「もう少し力抜いていいよ、落としたりしないから」
「ごめん、うまくバランス取れなくて」
違うんだ。
手を突っ張ってるのは、これ以上彼に近寄ったらダメだってわかっているから。
「……昨日の今日でいなくなるとか思わなかったから、今すげーホッとしてる。実はめちゃくちゃ探した」
何も言えなくて、久住君の髪が風に流れるのを見ていた。
「俺のこと嫌いでも何でもいいけど、あの日……信じてって言ったのは本心だよ」
もしかして私達が避けつづけた、あの夜のことを言っているんだろうか。
「あの日から逃げてれば何もなかったことにできるのかもって思ったけど、やっぱそんなの無理。俺らもう赤ん坊の頃から知らないうちにお互いの人生に絡んじゃってんじゃん。なのにそれを一人でほどこうとすんなよ」
所々の声が自転車のブレーキ音にかきけされそうで、彼の声が風に飛ばされないようその一つ一つを必死で拾った。
「ただ謝りたかったんだ。嫌な思いいっぱいさせて、ごめんな」
「ううん、久住君がそんなふうに思うことなんかいっこもないよ?」
広い背中が震えているような気がして、慌てて否定した。
彼の表情がわからないと、不安になる。
泣いてしまいそうになる。
あの雨の日の彼の小さな呟きを、私はずっとお守りにしてきた。
強くなれたはずだった。
それなのに涙があふれそうになる。歯をくいしばって、強引にそれを閉じ込めた。