【新説】犬鳴村
 この柴田賢治は結局はトンネルの中で…火ばつけられて…、それでも最後まで生きようとして炎に包まれたままトンネルの外まで這って出ると…出口から(わず)か数メートルのところで力尽きた。


 賢治は本当に良い子で、地元でも有名な孝行息子で有名だった。工場で貰う給料は僅か10万しかないにもかかわらず、それから7万を毎月お母さんに生活費として渡していたらしい。

 そして残りのお金で自分の好きな車を改良していたのだった。しかしそれが(あだ)になるなんてことは考えもしなかったのだろう。


 殺された賢治の家は、峠を越えたところの田川にあった昔の炭坑(たんこう)長屋の一角にあり、六畳二間に小さな台所に父母、祖父母、妹と6人で(つつ)ましやかな暮らしをしていた。


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