没落人生から脱出します!
「お嬢、……お嬢!」

 意識はない。早く助け出したいが、まだ十歳のリアンの力では、濡れたエリシュカを池から抱き上げることはできなかった。仕方なく水に浸かったまま、彼女の体をうつぶせにし、水を吐き出させるように背中を叩いた。
 やがて、双子の泣き声に気づいた従僕が駆けつけ、エリシュカを抱き上げる。その後の従僕の適切な応急処置で、エリシュカは上手に水を吐き出した。
 双子はがたがたと震えていて、一部始終を見ていたキンスキー夫人は、蒼白になっている。
 エリシュカが従僕によって運ばれて行き、リアンがずぶ濡れの自分のシャツを絞っていると、夫人の震える声がする。

「……お前のせいよ」

 リアンは、夫人がなぜ険しい目で自分を睨むのか分からなかった。

「エリシュカが溺れたのは、目を離したお前のせい!」
「奥様?」

 リアンは驚いた。いくらなんでも、それは言いがかりだ。大体、すぐ傍で娘が溺れたというのに、助けないだけではなく助けさえ呼ばなかったのは、夫人の方だ。

「そんな! 俺はお嬢を助けようと」
「当然でしょう。自分の失態の尻ぬぐいじゃない。言い返すなんて……。お前は自分が使用人だってこと分かっているの?」
「奥様! それはあんまりです」

 リアンの悲鳴のような声は、夫人の怒りを買うだけだった。


 その日、リアンは地下の部屋に閉じ込められた。夕方には、両親ともども、即日解雇されたのだ。
 リアンは納得がいかず食い下がったが、両親に引きずられるようにして屋敷を出ていく。
 世の中には、理不尽がまかり通る。それはすべて身分のせいで、弱いものは強いものに食いつぶされる。リアンは唇を噛みしめ、キンスキー伯爵邸を睨みつけた。
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