無口な彼の熾烈な想い
周知のことだが、鈴には千紘という兄がいる。

今では黒歴史だが、小さい頃の鈴は兄にベッタリだった。

ブラコンとまではいかないが、小さい頃は、身近で頼る人といえば千紘しかいなかったために必然的にそうなった。

今ではそんな片鱗もないが・・・。

表面上は仲のよい夫婦を装っていた鈴達の両親だが、千紘と鈴が寝たのを見計らうといつも怒鳴り合いの喧嘩をしていた。

゛あの女と会ってたの?゛

゛お前こそあいつと出かけていたくせに゛

幼心にも、二人にはそれぞれに別の恋人がいるのだろうとわかっていた。

゛せめて子供の面倒くらいはみたらどうだ?゛

゛大嫌いなあなたの子供なんて欲しくなかったわ。本当は顔をみるのも嫌なのよ゛

゛私だって不本意だ゛

言葉通り、二人ともさして子供が欲しかったわけではなかったのであろう。

だからといって眠っている子供らの近くで放って良い言葉ではない。

影では暴言三昧なのに、教育や福祉関係者、保護者の前では一応ニコニコと笑い、起きている千紘や鈴の前でも仲の良い両親を装う二人。

しかし、人目がなくなると二人の態度は豹変することを千紘と鈴は知っていた。

そんな裏表の激しい両親の態度はいつしか二人の心を縮み上がらせ、いつ止むともなく響き渡る罵声に幼い千紘と鈴は抱き合って時が過ぎるのを待つしかなかった。

千紘が小学校に上がるまではベビーシッターがいたが、それ以降は二人で留守番する毎日。

料理の作り方も知らぬ二人が頼るのは、必然的にコンビニの弁当類かカップめんなどしかない。

次第に痩せ細り、ビクビクといつも何かに怯えているようになってきた千紘と鈴の姿にようやく父方の祖父が気づいたのは、千紘が8歳、鈴が5歳の時だった。

家を留守にし、食べ物もろくに食べさせずに育児放棄しながらも表面を取り繕う息子夫婦に、祖父・一郎は怒り狂った。

言い訳を重ねては親権放棄を拒む両親に、離縁を言い渡すと、一郎は千紘と鈴を自宅に連れ帰った。

その場所が現在のひらのペットクリック、元の平野動物病院である・・・。

世間体を気にする両親はいまだに離婚はしていないしもちろん子供達との離縁にも応じていない。

千紘は結婚して戸籍を離れたが鈴は今でも二人の子供で定期的な干渉も受けている。

両親と離れて暮らすことにより、一時的に静かで穏やかな環境を得たものの、鈴が精神的に受けた傷は根深い。

男女のいざこざは醜くて恐ろしい。

恋人として付き合ったり、結婚したりしさえしなければ両親のようにはならない。

なりたくはない。

そんな思いが鈴を恋愛から遠ざけてきた。

だが、そんな鈴にも、そばにいても苦痛ではなくて、楽しい気持ちを共有できる存在が現れた。

目の前の、この嘘をつけなさそうな三次元イケメンを信じて想いを向けてもいいのだろうか・・・?

「どうかしたのか?」

突然、そんなことを考えてぼんやりしてしまった鈴に、絢斗は怪訝そうな顔をして声をかけた。

「いえ、そのままでいい、なんて言ってくれる人、祖父や兄夫婦、かなっち以外にいたんだな、って思ったら何だか嬉しくて」

悲しげに微笑む鈴を見て、絢斗の胸はギュッと軋んだ。

しかし、そんな悲しげな表情は一瞬で消し去り、鈴は目の前のアフリカオオコハノズクのコハちゃんを再び撫で始める。

そして、

「他にもたくさんいるみたいですよ。もっと探しに行きましょう」

と、絢斗の手を引き歩き出しながら、鈴は何事もなかったかのように明るく振る舞うのであった。
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