無口な彼の熾烈な想い

「鈴、ほら、起きて。また掛け布団を床に落としてるよ・・・風邪引くだろう」

優しくて暖かい、聞きなれた声が耳元をかすめる。

鈴は誘われるようにゆっくりと目を開けた。

カーテンの開けられた室内には朝日がさし込み、鈴は、いつの間にか目覚ましを止めて二度寝していたことに気づき焦った。

時計は７時を指している。

「ゴン太くんとピーちゃん・・・！」

「ゴン太くんなら元気だよ。ピーちゃんって、あの黄色地のセキセイインコのことかな？あの子も元気一杯のようだけど、急患？いつの間に預かったの？」

声の主にゆっくりと顔を向けると、それはやはり鈴の兄、平野千紘（ちひろ）だった。

鈴より3歳年上の千紘は柔らかい天然癖毛、栗色の髪、お年寄りから女子高生まで人気のショタ（少年）系イケメンだ。

「もう、千紘ったら。せっかく鈴ちゃんが当直してくれてたのにそんな起こし方はないでしょ？鈴ちゃん、2階に朝食出来てるわよ。ご飯食べたらお風呂使って。当直お疲れ様」

やんわりと寝相の悪さと急患を黙って引き受けたことを責めるような千紘に対して素早く苦言を呈するのは、鈴の兄嫁である、玖美（くみ）さん。

千紘とは大学からの同級生で、モデル風のスタイル抜群、顔つきはややきつめの美人さんだ。

ゲームでいうなら悪役令嬢的な？

しかし、実際はとても優しい義姉だ。

二人の間にはまだ子供はいない。

動物好きの二人は譲渡猫を二匹飼っており、我が子のように溺愛している。

23歳のときに結婚してから早５年になるが、子供ができないのか、作らないのかは家族の誰もが言及しないので詳細はわからない。

だが、二人はお互いを思い合っており、現状に満足していることだけは疑いようもない。

それくらい仲良しなのだ。

しかし、その分、鈴への風当たりは強い。

25歳になっても彼氏もおらず、祖父から生前贈与された中古マンションで悠々自適な独り暮らし。

とにかく小動物が好きで、獣医の仕事を天職と思っているため現在の生活に全く不満はない。

そんな娘を危ぶみ、両親はことあるごとに

゛孤独死とは゛
゛老後の不安について゛

を、熱く鈴に語って聞かせるのだ。

この兄夫婦とて例外ではない。