離婚するはずだったのに、ホテル王は剥き出しの愛妻欲で攻めたてる
 もとより豆腐作りはとても繊細で、うちは何代にもわたり研究を続けあの味に辿りついた。

 むしろ、シュペリユールがうちの豆腐のレシピを入手したと考えれば、あのあまりにも突然だった契約解除のわけなどすべてが腑に落ちるのだ。

 毎朝明け方からひとりでひたむきに豆腐を作り続けていた父が、どうしてこんな目に遭わないといけなかったのだろう。

 私は深い悲しみに襲われ、呼吸が重くなる。そのまま悲しみに覆われてしまいそうになり、慌てて止まっていた手を再び動かした。

 仕上げにテーブルを拭きあげていた私は、潜めた声で「梅原さん」と呼ばれて顔を上げる。

 声のするほうを辿ると、先ほど早番の仕事を終え、着替えを済ませた麻有ちゃんが柱の陰からこちらに向かい手招きをしていた。

 麻有ちゃん? まだ残っていたんだ。なにか仕事で伝え忘れたことでもあったのかな。
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