離婚するはずだったのに、ホテル王は剥き出しの愛妻欲で攻めたてる
 * * *

 晩秋の風が、私の黒のコートの裾を揺らす。

 午前中のそれは肌を刺すように冷たく通り過ぎるけれど、紅葉で真っ赤に染まっている山に降りそそぐ日差しは季節外れに温かかった。

 日曜で仕事が休みの高城は、用があると朝早くから出かけていた。私も今日は必ずひとりでここへ来たかったので、見送りながらほっとした。

 ひしゃくの入った手桶や白いユリの花束を手に、コンクリートの細い参道を歩く。不揃いな石塔の前を通り過ぎ、ひとつの墓石の前で足を止めた。

 私は一段上がった段差をのぼり、『藍野家之墓』と書かれたその墓石の前でしゃがみ込む。

「お父さん。お母さん。来たよ」

 両親が眠る墓石に声をかけた。

 この間豆腐店に行ってから、十日後。今日で父が亡くなってから九年の月日が流れた。
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