これを愛というのなら
chapter;3
終電に間に合わなかったら、タクシーで帰ろうと、駅までの道をゆっくりと歩いていた。





夏は目前の風が心地好く、街路樹の深緑がサワサワ揺れている。




そして、仕上がったことを一番に伝えたい人の番号に触れた。






『……どうした?』




長い呼び出し音と、すぐには何も反応がなくて。



もしかして……じゃなくて絶対に。




「寝てた?」




『寝てはないけど…うとうとしてた』




「なら、いいや。急ぎでもないし、また明日かけ直す」




『別に構わない。話したい事があったんだろ、今。言えよ?』





今すぐに聞いてほしかったのは事実だから、話すことを諦めて明日まで我慢しようとしていただけに、私の気持ちを汲み取ってくれた。



素直に嬉しいと、心が躍った。




「新プランの資料、完成したの」




そうか、と煙草に火をつけたのが電話越しに、わかった。



ジッポを点す時のシュポって、独特の音。





「まだチーフにも社長にも見せてないから、どう評価されるかはわならないけれど…出来たことを一番に蓮に伝えたかった」




煙を吐き出すフーッという吐息が耳を掠めた。



いつもは気にもしない、その吐息がダイレクトに届くと、急に鼓動が速くなった。





『なんだ、それ。まあ…嬉しいけどな』




どういう感情があって嬉しいって言ったかなんてわからないけれど…唐突にーー




「今から会いたい」




思ったことをそのまま口にしていた。




しばらく、蓮は何も答えることなく、沈黙が流れた。




ふいに、駅まで辿り着いていて街道の灯りに照らされた、駅の時計を見ると、終電が出る直前だった。



その瞬間に電車を諦めたと同時にーー




『お前…まだ外か?』




蓮の声が届いた。



うん、と頷くと、駅か。




『迎えに行く、そこを動くなよ』




それはつまり、今から会いたいと言った私に、会ってくれるってこと。




「わかった、待ってる」




おう、と返事とともに通話が遮断された。





改札口の横の壁に寄り掛かり、足早に改札を出て来る人達を見ていた。




平日なのに、こんな時間まで働いてる人がいるんだ、と関心する。




私だって同じだけど、ウェディング業界ではよくあること。




だから、大半の社員は繁忙期の土日は車通勤をしている。



私もその一人で、蓮も同じ。
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