愛を語るには、一生かけても足りなくて。
 

「別に、信じられないなら信じなくてもいいよ。でも……少しだけ、アヤメと話す時間を俺にちょうだい」


 ユウの綺麗な指先が、私の左手の薬指をそっと撫でた。

 この機会を逃すまいと慌てて手を引っ込めた私が一歩後ろへ足を引くと、ユウの顔があからさまに切なげな色を帯びる。


「わ、私達が今さら話すことなんてないでしょう? まさか、あの頃の思い出話なんてできるはずもないのに……」

「そうだな。じゃあ、思い出話なんてしなくてもいい。その代わり、俺はこれからの話をアヤメとしたい」


 真っ直ぐなユウの瞳が、私の目を静かに射抜いた。

 バクバクと心拍数だけが上がっていく。

 こんなのもう、どうすればいいのかわからないよ。

 ユウの考えていることが、私には何ひとつわからないんだ。


「……もしかして、俺とふたりきりになると困る理由でもある?」

「ユウとふたりきりになると困る理由って……?」

「いや……もしアヤメに恋人がいたり、結婚してたら、それは迷惑になるだろうなと思って……」


 と、不意にそんなことを尋ねたユウが、悲しげに眉尻を下げた。

 私はユウのその顔に、昔から弱いんだ。


「そ、そんな人いないよ。いるわけないでしょ」

「……そっか。アヤメ、めちゃくちゃ綺麗になってたから、そういう人がいてもおかしくないと思ったけど安心した」


 さらりと人の心を弄ぶようなことを言うところも、昔からちっとも変わらない。

 本当に、たちが悪い。

 それでも私は昔から、彼のことを憎む気にはなれなかった。

 
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