例えば世界が逆さまになっても




『え……』

『またどこかで会うかもしれないでしょう?例えば、ほら、そこの図書館とかで。わたし、よく来てるから。その時、名前も知らないんじゃ声をかけにくいじゃない?』

尤もな道理に聞こえる。

『わたしは相沢 若菜(あいざわ わかな)。あなたは?』

素直に溌剌と自分の名を告げる彼女。
俺も正直に答えようとしたけれど、続いた彼女のセリフに、躊躇が過ってしまった。


『その制服、この近くにある有名な進学校でしょ?うちの近所にも通ってる男の子がいるの。その子、今高1なんだけど、去年中等部で生徒会長してて―――』

彼女の示した後輩を、俺は、よく知っていたのだ。

俺は、校内では、ほとんど嫌な思いをしたことはない。
クラスメイトも、先輩も、教師陣も、皆人柄が良かった。
けれど、やはり全員が全員善人というわけはなかったのだ。
数は少なくとも、俺のことをあれこれ言う人間はいた。
俺とすれ違う際、蔑むような言葉を吐いたり、嘲笑ったり、そんな生徒達が。
それが、彼女の知り合いだったわけだ。


『……っ』

俺は、息を詰めた。
万が一、彼女がそいつに俺の名前を話したら?
きっとそいつは、俺のことを彼女に面白おかしく語るだろう。事実だけでなく、悪意混じりに、いろいろと。
それだけならまだしも、もしかしたら、俺と知り合った彼女にもその悪意を向けるかもしれない。考え過ぎかもしれないが、そうならないとは言い切れないだろう。
そんな想像しただけで、俺は、怖くなってしまった。









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