例えば世界が逆さまになっても
『え?』
『だって、南條、ここ一年くらいで急に変わったからさ。好きな子でもできたのかと思って』
”好きな子” と言われてすぐに思い浮かぶのは、彼女のことだった。
でも、あくまでも彼女には憧れを抱いてるだけで、それが恋心だなんて、この時はそんな感情を持つことすら身分不相応にも思えたのだ。
だから、
『……別に、そういうわけじゃない』
はっきりと否定した。
にもかかわらず、成瀬はまだこの話題を続けてくる。
『そうなんだ?でも俺、南條はてっきり好きな子ができたんだと思ってさ、好きな子のためにそうやってどんどん変わっていく南條が、すごいなって思ってたんだ』
『すごいって……、俺が頑張ってることなんて、成瀬やみんなはもともとできてることじゃないか。だったら成瀬の方がすごいよ』
あまりに成瀬がストレートな物言いをしてきたから、俺も思わず本音をそのまま滑らせてしまった。
すると、なぜか成瀬は嬉しそうに目を細めた。
『……やっぱり、南條はすごいよ。俺さ、実は南條にちょっと感化されたんだ』
『なんだよそれ』
『南條が変わったのは好きな子ができたせいだって思ったから、そんな風に人を変えてくれる恋愛ってものに、ちょっと憧れを持ったんだよな……』
『でも、成瀬って彼女いただろ?』
いくら中高一貫の男子校といっても、ここまで外見も性格も良い男に彼女ができないわけはない。高等部に進級してからというもの、何度かこいつと他校の女子との噂を聞いたことがあるのだから。
ところが、訝しむ俺の傍らでは、『うーん…』と、成瀬が言葉選びに迷う気配がした。
『まあ、確かに彼女はいたんだけど……言いにくいんだけど、自分から好きになった人じゃなかったからな』
モテる男の言い分に、俺は目つきを尖らせてしまったのかもしれない。
成瀬が慌てて、
『待て待て、そんな目するなよ』と大いに苦笑した。
『その子達のこと、ちゃんと大切にはしてたんだからな。ただ、こう……彼女達のために、自分を変えようとまでは思わなかったというか……』
成瀬がそこまで言うのを聞いて、俺も、なんとなくこいつの言いたいことが理解できてきた気がした。
俺だって、彼女への気持ちが恋心だとは思ってなかったけれど、彼女に再会したときのために自分なりに努力を積み重ねていたのには違いない。
つまり、大きな意味では彼女のために変わろうとしたのだから、あながち成瀬の言ってることが間違っているわけでもないのだ。
だは余計なことを言って墓穴は掘りたくなかったので、俺は黙ったまま成瀬の話の続きを待った。