明日、雪うさぎが泣いたら


「……あ……」


(……ごめんね)


形ばかりの、不要な礼を取る余裕すらなかったのだろう。
悔しそうに顔を歪め、走り去ってしまった。


「……仕方ないわ。安易に約束できることではないもの。わざわざ確めにくるなんて、余程心配だったのね」


そのわりに、これまで会わなかったのが不思議だ。
ずっと兄でいてくれた恭一郎様を知っていて、やきもきしていたのだろうか。
もしかしたら、側に付き始めて間もないのかもしれない。
私に文を届ける必要がなくなって、彼はこれからどうするのだろう。
上手く、恭一郎様のもとで勤められたらいいのだけれど。


「……うん……」


何だか、胸がざわざわする。
先程まで童がいた方向をぼんやりと見つめていると、雪狐が慰めるようにすり寄ってきた。


《時が来れば、きっとなるようになります。貴女は悩むでしょうし、苦しんだり悲しむことだってあるかもしれません。それでも、貴女はご自分で道を切り開いていける方です。私はそう信じていますし、祈ってもおります。……少し、寂しいですけれどね》


無意識のうちに抱き上げるのは、いつものこと。
でも今は、雪狐が苦しいくらい抱きしめてしまっているかもしれない。


《貴女の人生は貴女のものです、雪兎の君。誰も奪うことは許されない。それができてしまうのは、貴女自身だけ。どうか、忘れないで》


細目をしっかり開けて語る雪狐の後ろに、何か言いたそうにしながらも、きゅっと唇を結んだ長閑がいた。


「ん……」


どこの世界にいても、何処とは言えない狭間にいるのだとしても。
私は確かに生きているのだ。
珍しく見開いた雪狐の瞳が、決断の時はもうすぐそこに迫っていると教えてくれたようで。
一向に見つからない答えを探すふりをしながら、見慣れない部屋をぐるりと見回した。


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