明日、雪うさぎが泣いたら


しっしと追い払われて、雪狐と長閑が退出する。
二人の姿がなくなると一転、さっきまで込み上げて止まらなかった笑いも引っ込んでしまう。
しんと静まり返った部屋が、急に居心地悪く感じてむず痒い。
そんな私を見て、今やっと意地悪が成功したと喜ぶような満足そうな笑みを浮かべた。


「……さて。今宵はどんな睦言にする? 」


妙に艶めいた声は、普通ならばこの状況にぴったりくるのだろう。


「とはいえ、こうして部屋にいて、他の男の話をされると腹が立つのが本音だ。最初は、お手柔らかに頼む」


それなのに、受け入れてくれた。
こんな、まともではない申し出を。
それも、とても易しい条件で。


「……夢を見ました。あなたの」


今のその表情は、あの逃げていく私を目で追うだけの顔とよく似ている。
今も昔も私よりもずっと大人で、悲しそうな。


「初めてお会いした時のこと、あの日私を見つけてくださった時こと」


心底驚いて、何を言われたのか理解できないと目を丸めていたから付け足すと、それで納得したと大きく頷いた。


「ああ。最初は、私を怖がっていたな。でも、そのくせ、ちょくちょく現れてはまた逃げる。対応に困ったものだが……可愛かった」

「ごめんなさい。でも、怖がっていたのでは……」


ないと思う。
本当に怖いと思っていたのなら、そもそも近づかないでいるだろうし。
夢の中の母様も、私は兄に会うのを楽しみにしていたと言っていた。


「ま、そういうことにしておこう。それから、あの日のことか」


思い出したくもないのか、それともどこまで話そうかと思案しているようにも見える。
つい、唇を注視してしまう私の視線に気づくと、笑って首を振った。

――そう簡単にはいかないぞと。

こちらは、恐らく当たっていると思う。


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