夢みたもの
「それは‥‥」


小さく呟いた母は、そのまま固まったように動かなくなった。

手にした眼鏡が、小さな音を立てて鍵盤の上に滑り落ちる。

その音にハッとした表情を見せると、母はあたしから視線を逸らして眼鏡に手を伸ばした。



「‥‥なに‥突然‥?」


眼鏡を持つ手が震えている。

あたしは母にもう一歩近付くと、母の胸元に日記を差し出した。



「これ‥読んだの」

「‥‥」



本当は、もっと違う言い方がある筈なのに。

もっと歩み寄った言い方をした方が良いに決まってるのに。

緊張して思うように言葉が出なかった。



母の顔色がみるみる青ざめていく。

息を飲んであたしを見つめる母に、あたしは出来るだけ笑顔を作って笑いかけた。



「ありがとう」



その言葉に、母は一瞬ハッとした表情を見せる。

眉根を寄せて‥‥戸惑いと恐怖がない交ぜになったような表情だった。



「嬉しかった」


素直にそう言えた。


母の緊張があたしに伝わって、胸の鼓動が早くなる。

でも、一度きっかけをつかんだあたしは、躊躇する事なく次の言葉を続けた。


「あたしを生んでくれて‥、あたしを育ててくれて‥‥ありがとう」

「‥‥」

「あたし、お母さんの子供に生まれて良かった」



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