おうちかいだん
話している間にも、稲葉くんの唇が私の唇に触れようとする。


微かに接触しているのに気付きながらも、私は話を続けた。


「だけど男の子は、そんなことを知らずに教室に残っていた女の子とキスをしようとしていたの。そう、今の私達みた……」


そこまで言った時に稲葉くんは我慢出来なくなったのか、自らの唇を私の唇に押し当てたのだ。


太陽が沈んで、緋色が黒に完全に塗りつぶされた瞬間だった。


唇を離し、荒くなった稲葉くんの呼吸が私の顔を撫でる。


「藤井さん……僕は……」







「稲葉くん……さようなら」






私がそう言った時の、稲葉くんの顔は忘れられない。


「え?」と、何がなんだかわかっていないような声を出して、不思議そうな顔が苦悶の表情へと変わったのだから。


「話は最後まで聞かなきゃね。危ない女の子が、それを教室の入り口から見ていたの。ただ話をしているだけなら、相手の女の子を殺そう。でももしキスをしたなら、どちらも殺そうってね」


私の視線の先。


稲葉くんの背後。


そこに立っている一人の女の子。


稲葉くんの背中からナイフを抜いて、まるで般若のような顔で稲葉くんを睨んで。


何度も何度も、自分が愛する男の子が言葉を発さなくなるまで背中にナイフを刺し続けた。
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