拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着愛が重すぎます!~

69.直接対決に乗り出しまして。



 エリアスの父、アレックス・ルーヴェルト。すらりとした体や、線の細い整った面差し。エリアスは父似だと、初めて彼と対峙したフィアナはそんな印象を受けた。

 その彼は今、フィアナとエリアスの向かいに妻メリルと共に座っている。ダウスがアレックスの前のティーカップに紅茶を注いだのを皮切りに、アレックスは膝の上に乗せた手を絡めて切り出した。

「フィアナさんと言ったかな。あなたが、エリアスの相手の……」

「はい。エリアスさんとは、両親のやっている店でお会いしました」

 背筋を伸ばし、フィアナははっきり答えた。エリアスと同じアイスブルーの瞳だが、彼と違って宿す光は鋭い。おそらく、宰相をしているときのエリアスはこんな感じなのだろう。

 ここで引いてはならない。そう自分を戒めて、フィアナは敢えてアレックスの目をまっすぐに見つめて続けた。

「単刀直入に申し上げます。私をエリアスさんの妻として。――いえ。宰相の妻として、認めていただけますか」

「宰相の妻? 君は今、そう言ったか?」

「はい。言いました」

 まさかフィアナの口からその単語が出てくると思わなかったのだろう。目を瞬かせるアレックスに、フィアナはにこりと微笑んだ。

「お察しの通りです。お父様には、私とエリアスさんの結婚、そしてエリアスさんの宰相復帰の2点を認めていただきたいのです」

「は……? いや、しかし」

「ごもっとも。突然そんなことを言われても困るでしょう。ですので今日は、ひとつ成果を携えてここにまいりました」

「成果??」

 ついと人差し指を立てて見せれば、アレックスはますます困惑したように眉根を寄せる。完璧に主導権を握りきったところで、エリアスはつとめて穏やかに口を開いた。

「どうです、父上。やっかいな()()()()は。大分協力的になりましたでしょうか」

「ん? あ、ああ……。あ!」

 突然話を振られて、一瞬何のことかわからなかったらしい。だが、すぐにスラム政策のことと思い当たったのか、アレックスは勢いよく話に食いついた。

「エリアス! 大臣たちが急に政策に乗るようになったのは、やはりお前の仕業か!」

「そうとも言えますし、そうでないとも言えます。なぜなら、今回私たちが仕掛けた作戦の大半は、フィアナさんのアイディアによるものですから」

「なに?」

 ぐりんと勢いよく、アレックスがフィアナに首を向ける。フィアナが大きく頷いて見せると、熟練の宰相は狐につままれたような顔をする。エリアスはさらに続けた。

「お気づきのことでしょうが、いま王都に住まう上流階級の奥方の間では、貧しい人々への慈善活動が活発に行われています。そうした流れを生み出したのが、フィアナさんです」

「彼女が!? いや、しかしどうやって……」

「実はこれを使いました」

 フィアナは一冊の本――『氷の宰相と春のエンジェル』を取り出す。ますます珍妙な顔もちとなるアレックスに、フィアナはひらりと手を振った。

「作者のセイレーン先生にお願いをしたんです。氷の宰相と春のエンジェルの、特別短編を書いてくれないかって」

 内容は、ハッピーエンドのその後を描いた番外編。その中で、主人公の二人が慈善活動を行うシーンを入れてもらったのだ。

「さすがセイレーン大先生です。街の人たちをより深く知りたいと願うヒーロー。彼に応えて街を案内するヒロイン。貧しい人たちへの支援を通じて互いの理解を深める二人。自然に、押しつけがましさゼロで慈善活動をラブストーリーの中に組み入れてくれました」

 リアルエンジェル&氷の宰相からの依頼とあって、ルーナはそれはもう気合たっぷりに書いてくれた。「萌えが! 萌えが天から降ってきます〜っっ!!」と叫びながら羽ペンを走らせる姿は、素人目から見ても鬼気迫るものがあった。

 特別短編は、本編の大ヒット御礼記念として街で配られた。と同時に、サラ・ギルベールがとあるパーティに持ち込んだ。これが効いた。

「ラストで続編の制作決定の告知も入り、パーティ会場は大いに盛り上がりました。そこをすかさず、サラさんたちが誘導してくれたんです。物語のカップルにあやかって、貧しい人たちを支援しようって。結果は見ての通り、大成功です!」

「は? いや、まさか、そんな方法で?」

「そう思いますよね。正直、私も驚きました」

 目を点にして首を振る父に、エリアスはくすくすと笑う。

「ですが、現に作戦は成功しました。ファンの方々が持つ『好き』の情熱は、私たちが思うよりもずっと大きな力となるようです」

 唖然としたように、アレックスは二人を交互に見る。しばらくして、彼はフィアナをまじまじと見つめた。

「今の作戦を、君が立てたのか」

「私ひとりじゃありません。エリアスさんと二人、知恵の合わせ技です」

 胸を張り、フィアナは答える。

 大臣たちが逃げづらいように、慈善活動のブームを起こしたらどうか。そのアイディアを出したのはエリアス。

 ブームを起こすのに、氷の宰相と春のエンジェルを利用してはどうか。そのアイディアを出したのはフィアナ。

 正真正銘、ふたりの共同作戦である。

「何の因果か、大ヒット小説の元ネタとして世の中の皆さんに娯楽を提供してきたのです。ここいらで一度、利用してみてもバチは当たらないかと思いまして」

「君は……、見かけによらずしたたかだな」

「これも全部、エリアスさんの影響です。散々間近で悪巧みを見せられたので、たくましくしたたかになったのです」

「フィアナさーん? 私、悪巧みなんかしませんよ? フィアナさんの前ではいつでもピュアっピュアですよ?」

 エリアスがひょこひょこ頭を揺らして抗議してくるが、ここは華麗にスルーする。エリアスはくすりと笑ってから、改めて父を見据えた。

「どうです、私の天使さまは。柔軟性に富んだ、しなやかな強さを持つ女性でしょう。これでもまだ、彼女が宰相の妻を務めるのは難しい。そう思いますか?」

「いや、まあ……」

 色々と予想外だったのだろう。なんと答えるか考えあぐねているように、アレックスは曖昧に視線を泳がせる。そこを逃さないとばかりに、エリアスは姿勢を正し、まっすぐに頭を下げた。

「お願いします。フィアナさんとの結婚を認めてください。それが叶ったなら、私はすぐに陛下にお願いし、宰相に復帰します」

「お願いします」

 エリアスと並んで、フィアナも頭を下げる。ルーヴェルト家の居間に、ピンと張り詰めた沈黙が満ちた。


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