拾った宰相閣下に溺愛されまして。~残念イケメンの執着愛が重すぎます!~



 カチ、カチ、と。壁の時計の秒針が、妙に大きく音を刻む。

 しばらくして、観念したようにアレックスが息を吐いた。

「顔を上げてください。エリアス、お前もだ」

 顔を上げた二人に、アレックスは言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。

「フィアナさん。まずは謝らなければ。あなたは素晴らしい女性だ。とても賢く、自分の芯をしっかり持っている。会いもせず、私の一方的な想いだけで息子との結婚を反対したことを許して欲しい」

「父上、では……?」

「その上で、あなたに聞きたいんだ」

 ちらりと息子に視線を送って制してから、アレックスは身を乗り出す。長い指を膝の上で絡め、彼は静かにフィアナを見つめた。

「私は……、褒められた夫ではなかった。褒められる父でもなかった。妻にも息子にも、色々と負担をかけた。だがそれは、宰相として国を動かす上でやむをえないものだった。――大なり小なり、いずれ同じことが起きるだろう。息子のため、国のため、あなたも何かを背負うことになる。それでも、」

 一度言葉を切って、アレックスはエリアスを見た。

「それでも、息子を選びますか」

「選びます」

 間髪入れずに、フィアナは頷く。こんなにあっさり答えが返ってくるとは思わなかったのだろう。何やらもの言いたげに唇を引き結ぶエリアスの父に、フィアナは軽く肩をすくめてみせた。

「だって、とっくの昔に諦めてますから」

 笑いながら答えて、フィアナは目を瞑る。そうすると、初めてエリアスと出会った時のことが、まるで昨日のことのように蘇る。

〝氷とか、鋼とか、好き勝手言いますけど……。わたしだって必死なんです…、がんばってるんですよ……〟

 人知れず限界を迎えてボロボロになってしまうくらい、国のため、人々のために奔走するエリアスと。

〝だめだコレ。おにいさーん? ちょっと失礼しますよ。支えますから、立ってくださいね。せーの!〟

 そんな彼を放っておけず、うっかり拾ってしまった自分と。

「――優しくて。温かくて。誰よりも器用なくせに、実はものすごく不器用で。私が拾ったのは、そういう人です。そういう、宰相閣下だったんです」

 氷の宰相と、酒場の娘。冗談のような組み合わせだけど、あの出会いは必然だったと思うから。

「拾ったからには、最後まで責任持ちます。そのための苦労なら、喜んで背負いますよ」

 きっぱりと前を見て言い切れば、アレックスが軽く息を呑む。だが、彼が何か答えを示すより先に、感極まったエリアスに隣からがばりと抱きしめられた。

「フィアナさーん……っ! フィアナさん、フィアナさん、フィアナさーんっっ!」

「ちょ、こら、エリアスさんご両親の前で何を!? 離してください、離せ!!」

 ぎゅむぎゅむと抱きしめるエリアスと、恥ずかしいやら驚いたやらで暴れるフィアナ。そんな二人をアレックスが呆気に取られて眺めていると、くすくすとメリルが笑った。

「ねえ、アレックス。認めてあげたらどうかしら。この子たち、とってもお似合いよ」

「しかし……」

「それに」

 言いかけて、母はフィアナをちらりと見る。それから、茶目っ気たっぷりにウィンクした。

「あなたの宰相時代、確かに大変なこともあったけれど、私はちっともつらくなかった。だから自分はいい夫じゃなかったなんて、卑下する必要少しもないわ」

「それは、エリアスさんも一緒だと思います」

 どうにかエリアスを押しのけながら、フィアナも賛同した。

「スカイリークでご両親と過ごした思い出を話しているときのエリアスさん、すっごく目を輝かせていたんです。苦労もしたんでしょうけど……、お父様を恨んでいたら、あんな風に楽しげに昔のことを話せないと思うんです」

「わ、ちょ、フィアナさん!?」

「……そうなのか、エリアス?」

 唐突なネタばらしをされたエリアスが慌てるが、時すでに遅し。窺うように――ほんの少しの緊張の混じる目でこちらを見る父に、エリアスは額を手で覆った。

 さすがに正面切って答えるのは照れくさかったに違いない。わずかに顔を背けたまま、エリアスはため息交じりに白状した。

「まあ、ね。宰相として駆け回る父上を尊敬していました。でなければ、あんなに聞き分けのいい子供を演じたりしませんよ」

「そうか。……そうか」

 一度目はほっとしたように、二度目は噛みしめるように、アレックスはそれだけを答える。恥ずかしさを紛らわすためか、エリアスはジト目で父を睨んだ。

「そ・れ・で? 父上もそろそろお疲れでしょうし? そろそろ、大臣たちの弛んだ手綱を握り直す必要もありそうですし? 父上が頷いてくれたら私、宰相に復帰しますけどどうします?? 認めてくださるんです??」

「エリアスさんってば、言い方が大人げない……」

「本当に。昔はあんなに、イイ子だったのに……」

「昔がイイ子過ぎたんですよ。本来の私はこんなもんです」

 やれやれと首を振るフィアナと母に、エリアスがなぜか胸を張る。

 そうやって三人でやんやと盛り上がっていると、ふと、笑い声がこぼれた。声のした方を見れば、なんとアレックスが口元を押さえて笑っていた。

「いや……。この先、色々と愉快そうだと思ってな」

 皆の視線を受けて、そのようにアレックスは弁明する。父はひとしきり笑ってから、フィアナに向けて深く頭を下げた。

「フィアナさん。どうぞ末永く、息子をよろしくお願いいたします」

「こ、こちらこそ、」

 ぴんと背筋を伸ばして答えようとしたそのとき、隣のエリアスと視線が交わった。互いに微笑みあってから、二人は同時に頭を下げた。



「どうぞ、これからもよろしくお願いいたします!」


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