やさしいベッドで半分死にたい【完】
藤堂周をこんなにも大切にしてくれている人が、まだこの世に存在していたのだ。
目蓋の裏に、ぼやりと花岡の瞳が浮かんでいる。
逃げ出していいと言った。攫われてくれと言って、私を連れ出してくれた。けれど、花岡は一度として強制しなかった。いつも私が選ぶことを待ち続けてくれていた。
はじめから、答えは決まっていたのだと思う。
私はわたしから逃れられない。
あきらめにも似た覚悟だった。こんなふうに私を見つめてくれるやさしい人の前で、私はもう一生、やめたいなんて言ってはいけない。
花岡の前でもそうだ。
私の音楽を大切にし続けてくれていた。きっと誰よりも待ち望んでくれている。間違えてしまってはいけなかった。
やさしい女性を一階ホールまで送って、二階席ではなく、エントランスのほうへと向かった。
すこし、空気を吸って気持ちを落ち着かせたい。
言わなければならないことは決まっていて、ただ、それを口に出す勇気を持てずにいただけだ。
未練とも言えるのかもしれない。誰よりも大切にしてくれていた、頼ってはいけない人だった。弱音を吐いて、縋りついていいわけがなかった。
私に逃げ出せるわけがない。
「いや、もうしばらく……、休ませてください」