やさしいベッドで半分死にたい【完】
彼は、パンツのポケットから自分の携帯を取り出して、私のほうへと構えてくる。

カメラを撮る人のようなポーズだった。

花岡は周囲をゆっくりと写すように、携帯を動かしている。その手つきで、動画を撮っているのだと気づいた。

撮り終わって、耳元に携帯を近づけられる。音量を大きくして、流してくれているようだった。かすかに聞こえていても、すべてが鮮明に聞こえるわけではなかった。それなのに、どうしようもなく胸が熱い。


じっと聞き終わった耳に、声を吹き込んでくれる。


「あとでまた、治ったときにでも聞きゃあいい」


当然のように言った。

一点の曇りなく、それが普通のことのように言い放って、私の髪を撫でる。その指の温かさで、どうしてか目から何かがこぼれてしまった。睫毛に引っかかった雫を掬った男が、私の泣き顔を覗き込んでくる。


その唇が、耐え難いようなやさしさで、私の名前を呼んでいるように見えた。


「治らないかも、しれないんです」


震える声が出ただろう。きっと弱弱しく響いていたに違いない。


治らないかもしれない。

もう一生、私は風の音も、生き物の叫びも、自分が弾くピアノの音も、何もかも自分の耳で聞くことができなくなってしまうのかもしれない。

音楽の神様から、見放されてしまったのだろうか。

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