ささやきはピーカンにこだまして
 ギャラリーがひゃーひゃー言うのはもう聞かないことにして。
 桃子までなんでデレデレしてるのよ。
 そんなにめずらしいか、実取(みどり)の笑顔が。
 ――――めずらしいな。うん。
 まぁ、結城先輩にしごかれてるのにアリーナで笑っていたら気持ち悪いけどさ。
「八木ってさぁ、つまりヤ…」
 うわわわわ。
 黙れ、桃子。
 引けないなら、引けるほうを引くしかない。
「この子、わたしに話があるらしいんで!」
 目の前の真っ赤なブランドセットの袖をわしづかみ。
 引きながら早足で廊下を歩きだすと背後で騒音。
「きゃー。がんばれ、メーメ」
「ひゅーひゅー」
 ……ばかどもめ。

 廊下の角を曲がって、パッと離脱。
「じゃね」
 方向かまわず、行けるほうに歩き出すと、実取がついてきた。
「ねぇ……」
 無視。
 Uターンするべきか。芸術棟まで進んでぐるっと1周?
 考えこむ横にぴとっと並んで。
「同じ八木(やぎ)でも二紀(にき)を山羊扱いするやつは、さすがにいなかったよ」
「…………っ!」
 立ち止まってしまった。
 実取は下唇を人差し指でこすりながらニヤニヤ笑っていた。
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