頑固な私が退職する理由
彼が振り向いてくれなかったことを挫折だと思っているわけではない。
私はメリットを享受したかっただけで、彼に恋愛感情があったわけではないからだ。
ここでいう「挫折」とは、天然モノのいい子ちゃんである彼の恋人に完敗したことだ。
彼の恋人こと神坂理沙さんは、決して仕事ができるタイプの女性ではないのだけれど、いつも健気に何事にも誠心誠意向き合う、まるで恋愛ドラマのヒロインのような人だ。
明るくて、かわいくて、ちょっとドジ。
放っておけないというか、私のような腹黒い女でもつい手を差し伸べたくなる不思議な引力を持っている。
当時は自分の夢を叶えるために一生懸命で、みんなが彼女を応援していた。
恋人である大地先輩はもちろん、当時は課長だった山中部長、そして彼女に片想いをしていた青木さんも。
私がどんなに愛嬌を振りまいても、誰も彼女から目を離さなかった。
彼女には一切の打算がなかったにもかかわらず、だ。
ぶりっ子なんて、しょせんはいい子のふりをしているだけのバリボテで、天然モノのいい子が放つ純粋な輝きには歯が立たないのだと思い知らされた。
結末は散々、というより屈辱的。
私はとことんふたりの恋路の邪魔をするつもりでいたのに、不器用なふたりについイライラして、ふたりの関係を修復するような動きをしてしまい、結果的に彼女の味方をする羽目になったのだった。
このことは、己の思い上がりを知った、大きな出来事だった。
当然ながらしばらく心が荒れたけれど、おかげで大きく成長することができたと思う。
今では自分の欲のためにふたりを煩わせたことを申し訳なく思っているし、反省している。
当時は大嫌いだった理沙先輩は、今や大好きな先輩のひとりだ。創設メンバーとして新会社に移籍してしまった大地先輩とも、いい関係を続けられている。
そして、荒れた私の八つ当たりをすべて受け止めてくれた青木さんにも、いろいろ腑に落ちないところはあるけれど、まあ、仲よくしてもらっている。
「おまえさ、仕事できるんだからいい子ぶる必要ないだろ」
「俺は毒吐いてる時の沼田の方がいいと思うぞ」
「ま、一緒に頑張ろうぜ」
彼からもらった言葉は、今でも状況が鮮明に思い出せる程度に胸の中で輝いている。
だけど絶対に、そうとは言ってあげない。
彼に好きだと言ってもらえるまでは。