結婚した次の日に同盟国の人質にされました!
 異常な状態に陥る者達に対して、ハーターシュタイン側がブラウベルクの内部攪乱の為に潜入させた間者ではないかという推察と、魔女の術ではないかという推察が立てられている。前者だとすると発症者が多すぎ、後者にしては、野営地付近で不審人物1人見つけられていない。原因が特定できないのだ。だが、分からなくても、罹患者の扱いは慎重にすべきだ。

「幻覚症状が出ているフリでどんな危害を加えてくるか分からない。どこかに隔離しておけ。その後に身辺調査だ」


「了解いたしました!」


 念のために指示するハイネにバシリーが恐る恐る近づいて来る。

「ハイネ様、今後の事どうなさいますか?」

「今後?」

「はい……、これで同様の症状が現れた者は50人を超しています。今後拡大していく可能性もありますよね? このまま戦闘出来る者がいなくなるんじゃないかと思うと、黙っていられません。というかハイネ様の身にも危険があるのですよ?」

(この男に俺に意見する気概があるとはな)

 ハイネは無表情にバシリーの顔を見る。しかし心の中では、この男の評価を改めていた。

「ハイネ様、どうかご決断を……」

 自分のせいではないのに、劣勢に立たされる理不尽。胃を冷たい手に鷲掴みにされるような不快感がある。
 ハイネにとってこれが初陣。それだけに持ち帰るのは勝利以外あり得ないと思っていたのだ。
 だが、冷静に考えなければ全てを失う。地図上だけなら優勢だからと調子に乗る時ではない。
 戦力が削られたタイミングでハーターシュタインから総攻撃を仕掛けられたら、この村は奪われるだろう。だからと言って、増援を呼び、謎の病の巻き添えにしたら、今後数年に渡り帝国に大きな損失を与えることになりかねない。

 ハイネはプライドを優先したくなる感情を抑え、決断した。

「皇帝に停戦の提言を行う」

 感情を殺してそう言ったハイネを、騎士達は信じられないという面持ちで凝視した。
 その間が抜けた表情にまた腹が立ち、ハイネはフイっと身を翻し、来た道を戻って行った。


 ◇◇◇


 ジルは手に持つ籠を一度地面に下ろし、傍のベンチに置いていたレースのケープを肩に羽織った。
 6月に入り、寒冷な地であるこの国でも少しずつ夏の気配が近づく。
 とはいえ、薄着で外の仕事をしていると時折吹く風で身体が冷え、脂肪が薄くなったジルの身体はレースだけでは不十分なようだ。


「ジル様、大丈夫ですかい!? 今日はちょっとばかし涼しい。こっちの作業はもう俺だけで出来ますんで、室内にお入りくださせぇ!」

 ジルのはるか頭上、梯子の上に立ち、杏の枝を掴むモリッツが気遣ってくれる。

 離宮の杏の木は今旬を迎え、たわわに実る。

 ジルは今日、収穫をするモリッツのお手伝いをしていた。

「有難うモリッツ! 厚手の羽織物を取りに行ってくるから待っててちょうだい!」

「本当にもう手伝いはいいんですけどねぇ……」

 ジルは杏の木からはなれ、離宮の母屋に向かう。
 先ほどまで杏を扱っていたためか、手に甘酸っぱい匂いが移り、口元に手をかざし、嗅ぐと幸せな気分になった。

 つる薔薇のアーチをくぐると、その先の青々と茂る艶やかなカメリアの葉の陰から、足音が聞こえてくる。

(このまま曲がったらぶつかっちゃいそうだわ)

 カメリアの樹木のところで、カーブを描く庭園の小路は、見えづらくて危険だ。

 ジルは相手が内回りで来るだろうと予想し、カメリアから大きく距離をとりながら角を曲がろうとした。しかし相手も同じ考えだったららしく、反対側から来た男性と変な距離を残して立ち止まることになった。

(思考パターンが同じなのね……)

 少しだけ可笑しくなり、相手の顔を見ようと、視線を上げた。

 その男の目は驚きに見開かれ、ガラスの様な灰色の瞳がよく見える。太陽の光を集めた様な金髪、少しだけ痩せた男の顔は、戦地に赴いていたはずのハイネだった。ジルは驚きすぎてその顔を凝視してしまう。
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