俺様社長はハツコイ妻を溺愛したい


デート中、一言も喋らないでいてやるんだから!

――とか意気込んでいた私、どこ行った?



「見て、蒼泉! 大きい亀〜」


十二月二十四日、クリスマスイブ。

朝から私たちは、水族館に来ていた。

別に、この日を待ちに待っていたわけじゃない。
けど、連れてこられたのが予想外にも水族館だったのだ。

薄暗い部屋で淡い光を放つ大きな水槽と小さな水槽……色とりどりの魚がたくさん泳ぐ姿を見られる水族館、大好きなんだよなぁ。

子供の頃はよく祖母に連れていってもらった。

おかげで、水族館デートを楽しんでしまっている。

「あっちのアレはなんだ……人面魚か…?」

そしてここにも、楽しんでいる人がもう一人。

「ほんとだ、人面魚っぽい」

「ぽいってお前、見たことあるのか、人面魚」

「無いけど」

蒼泉もさっきから、アレはなんだコレはなんだと興奮気味だ。
チンアナゴを見ている時なんか、『可愛いなぁ』と薄ら笑みを浮かべちゃって。


「蒼泉って、水族館初めて?」

聞くと、こくんと頷いた。

小さい頃から次期社長として育てられてきたから?

「俺一人っ子だし、親父が社長だった頃は、ほとんど母さんと二人きりだった。 一度動物園なら行ったことがあったけど、二人じゃ寂しくてさ。 それ以来、こういう所に来る暇があったら、勉強してたな」

「そう…」

私も両親が忙しい人だったから、少しは気持ちが分かる。
私は祖母と二人、蒼泉はお母さんと二人だったんだ。

「でも、あやめとなら二人でも楽しい。 きっと、子供もいたらもっと楽しいんだろうな」

「そうね。家族は多いほうが、楽しいわよね」

素直に同意した私に、蒼泉は驚いて目を丸くした。

この手の話に、私は怒ると思っていたのだろうか。
確かに少し前ならそうだったかもしれない。

だけど今彼のことを少しでも知った。
こうして一緒にいる中ひとつひとつ知ることで、私たちの関係も変わっていくのだろうか。


「じゃあ今夜は励もうか?」

「ば、ばかっ! 変なこと言わないでよ!」

すぐそういうことを言うんだから……


でも……。水族館が暗くてよかった。
頬が熱い。
蒼泉の赤裸々な言葉に、なんだかいつもより恥ずかしく感じるのは、どうしてだろう。
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