俺様社長はハツコイ妻を溺愛したい

水族館を後にして、次にやってきた目的地を目前に唖然として立ちつくす。

「こ、ここ……」

東京都心の一等地に佇むラグジュアリーショップだ。
それも、ブライダル専門の。

これはもしかして、もしかしなくても…婚約指輪?
籍は入れていないし、正式な婚約発表もまだだ。だけど私は本当に、蒼泉の婚約者なのね……


「そこで待ってろ」

不思議な気分の私に、蒼泉はそう言って一人ショップの中へ行ってしまった。
てっきり、指輪の打ち合わせに来たのだと思っていたから、拍子抜けしてしまう。

数分後、紙袋を手に蒼泉が出てきた。

私は何も言わないで歩き出した蒼泉を追いかける。
歩くことをやめない蒼泉を黙って追い続けていると、急に彼の足が止まり、その背中にぶつかる。

「蒼泉? 蒼泉ってば! どうして急に止まったりするの、危ないでしょう!」

ぶつけた鼻の頭を抑えながら一歩引いて物申す。
すると今度は急にこちらを振り向くのだから、びっくりして寿命が縮むったら……


「あやめ! 婚約指輪だ」

また文句が口をついて出てくる前に、蒼泉は一息にそう言った…というより、叫びに近い。
近くにいた人が二度見するレベルだ。

彼は紙袋から取り出した小さな白い箱をカパッと開けると中身を手に、強引に私の左手を掴んだ。
ぽかんとしている間に完了し、蒼泉は一人でほっとしている。

そっと左手を掲げてみると、きらりと光るそれが目に入る。

桜の形のダイヤが埋め込まれた、和柄のものだった。

おかしい。 そんな話をした覚えはないのに、私の好みドンピシャなのだから。

「綺麗……」

「気に入ったか」

恥ずかしいのか、照れているのか、目を逸らしてぼそっと聞いてくる。

「もちろん。 蒼泉、ありがとう」

「お前は俺と結婚するんだから、当たり前だろ」

もう。素直に照れ顔見せてくれればいいのに。

蒼泉のツンには、もう慣れたけど。
デレもたまにはほしいものよ。

「それにしても、いつの間に?」

仕事が忙しいだろうに、彼はさっきのショップに何度も足を運んで、私に贈る指輪を悩んでいたのだろうか。

「そういうのは、聞かずに受け取るもんだ」

そういうもの? なら、聞かないでおこう。

「じゃあ、サイズがピッタリなのはどうして」

デザインだけでなく、サイズまでピッタリなのだ。本当に、そんな話は一言もしていないはずなのに。

「手を握れば分かる」

「ええ!? そんなばかな……」

驚きを隠せない私に、彼は余裕の笑みだ。

どうだ、すごいだろ。とでも言いたげな。

うん、すごい。すごいよ、蒼泉さん。
誇らしげな彼が可笑しくて、くすくす笑ってしまう。

それにしても彼は、ムードというのを気にしない性分のようだ。
今いるのは路上で、ムードもへったくれもない。
思えばプロポーズでさえも、彼は片手にミニトマトを持っていたっけ。
この人はロマンチックなサプライズというものが苦手なのかもしれない。

まぁ、蒼泉らしいと言えばそうなのだけど。
それにこの指輪は、私にとって嬉しいサプライズ。
文句なんて言わないわ。
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