俺様社長はハツコイ妻を溺愛したい

玄関の鍵が開く音がする。

目を開けると部屋の明かりが飛び込んできて眩しい。

ソファでうたた寝していたみたいだ。
時計は九時を指していた。

リビングの扉が開くと、ネクタイは緩々、髪はボサボサの蒼泉が入ってくる。

「…おかえりなさい」

別に、帰りを待っていたからソファで寝てしまったわけじゃない。

「蒼泉…?」

「あやめ……」

様子が変だ。
赤い顔をした蒼泉がのそのそと近づいてくる。
やがて私の元まで来ると、ソファに腰掛けていた私は彼に押し倒された。

「どうしたの、酔ってるの?」

少しお酒臭い。
彼はお酒が苦手なはずなのに、飲んだのだろうか。

「あやめ…」

「なによ、離れてよ、お酒臭いんだから」

本当は、離れて欲しいほど匂わない。
さほど飲んでいないのに、お酒に弱い彼は少量の酒で酔ってしまったようだ。

ただ私の名前を呼ぶだけで、蒼泉は退こうとしない。

「蒼泉ってば。 どいて! 重たい」

重たいのは本当。
だけど退いてほしいのは…嘘かもしれない。
今の蒼泉なら、全力を出せば突き飛ばすことだってできる。

「蒼泉……エリカさんと、ずっと居たの…?」

小さな声で尋ねると、蒼泉は頷く。

「好きだ……」

「え……」

ボソッと耳元で呟くとそれっきり、蒼泉は寝息を立て始めた。

蒼泉はエリカさんが好き…?

今のは、そういうことだろうか。

ていうか、そうだとしたら私をエリカさんと間違えたってこと!?

何よそれ。なんだかものすごく癪だ。

モヤモヤがまたひとつ大きくなるのが分かる。
嫌だなあ。この心のモヤモヤ。

私をエリカさんと間違えたかもしれない蒼泉が上に乗っかっているというのに、眠ってしまった彼を無理やり起こそうとは思えなかった。

蒼泉のスーツをきゅっと掴む。

蒼泉が私より大きな男でも、酔って潰れた彼くらい突き飛ばすことだってできる。

そうしないのはどうしてだろう。
もう少し、このままでもいいかな。なんて思っている私。

蒼泉がエリカさんを好きなら、私は恋のキューピッドにだってなれる。

だけどどこかでそれを望んでいない私もいて。

望んでいない私が、モヤモヤを大きくしているんだと思う。


彼の肩に顔をうずめる。
ほんのりお酒の匂いが混じった、家の柔軟剤の香りがした。


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