運命の一夜を越えて
もう泣かないと決めていたのに、溢れそうになる涙に、私は水面に揺れる光を見ながら必死にこらえた。

「こんなにわがままにどん欲に何かをつかみたいって思ったのは初めてなんだ。」
渉のお父さんの言葉を思いだす・・・
「人生で初めてだと思う。こんなにもどん欲になったのは。」
そう言って渉は少し恥ずかしそうに私の首筋に口づけた。
「今俺の顔見るなよ?恥ずかしいから」
私も今渉に顔を見せられない。我慢しきれなかった涙が一筋だけ頬を伝っているから。

『あれがしたいとかこれが欲しいとか、あの子は何もわがままを言ったことがないんだよ。結局言わないままに、妻が病気になって、余計に何も言わずに家のことや妻の看病を引き受けさせてしまった。』

『あの子は誰よりも気が利いて、言葉の背景にある何かを知ろうとする力がある。察することに関しては医者の私よりもはるかにたけてる。でも、その分相手の状況や気持ちを考えすぎて、わがままを言わない子から、言えない子になってしまった。』

『だから、彩さんにはあいつを時々でいいから甘やかしてやってほしいんだ。あれがしたいとか、これがほしいとか、わがままが言えるような存在になってほしい。』


・・・苦しいよ・・・渉・・・

ごめんね・・・ごめんね・・・
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