運命の一夜を越えて
『おはよう』妻が口の動きで俺に挨拶をしてくれる。
まだ眠そうな瞳が何とも言えない。

「おはよう」
妻は病気に勝つために声を失った。

声帯の除去手術を受ける前に、声を失うことはわかっていた。
そんな妻が最後に言ってくれたのは、俺の名前と『愛してる』と『ありがとう』だった。

俺は死ぬまで妻のあの時の声を忘れたくないと思っている。

声なんて聴けなくてもいいなんて、それはただのきれいごとだ。

愛する妻のすべてが愛おしい。
体の傷だって見るたびに心が痛む。

それでも生きるためには仕方のないことだ。
失ったものも多い。でもその代わりに生きる希望を得た。
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