金曜日の恋人〜花屋の彼と薔薇になれない私〜
 霧の字の持つ幻想的でミステリアスなイメージは、そのまま彼のイメージでもある。
 年齢のわりには落ち着いていて大人っぽいが、誠実とは違う。むしろ軽薄。聞き上手で会話はとても盛り上がるけれど、自分のことは一切話さない。彼はきっとそんなタイプだ。

「せっかくの金曜日なのにおばさんとご飯なんかしてていいの?」

 あえておばさんくさい言い方をしたのには理由がある。なにか期待しているのではと彼に思われたくなかったからだ。
 たとえば、霧斗がもっと全然冴えないタイプで年がせめて30歳くらいだったら……夫以外の男と食事なんて、と芳乃も舞い上がったかもしれない。
 けれど霧斗は若く美しい。男と女になんて、なりようがない。

「いいの、いいの。金曜日は誰とも約束しないことにしてるんだ」
「どうして?」
「本命だと期待されても困るから」
「……なるほど」

 きっと匠も、若い頃はこんなふうに上手に遊んでいたのだろう。でも今、彼には金曜日の女がいる。隠す気もごまかす気もない。それだけ里帆子に本気なのか、バレてもどうってことはないと芳乃を馬鹿にしているのか。

「金曜日はひとり。俺たち、一緒だね」

 一緒なんかじゃない。あえて誰も選ばない霧斗と、誰からも選ばれない芳乃。

「そうね、おんなじね」

 そう言って芳乃は微笑んだ。


 

 



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