金曜日の恋人〜花屋の彼と薔薇になれない私〜

「そう？」

　マリが不満そうに唇をとがらせる。別に芳乃とお揃いにしたいわけではない。単純に自分に従わない者が気に食わない性格なのだ。そこに助け船を出してくれたのは、里帆子だった。

「無理強いしちゃダメよ、マリさん。良いものを長く使うなんて芳乃さんらしいじゃない」

　里帆子はセレブ奥様雑誌の読者モデルをしている。ゆるく巻かれた髪は艷やかで、透明感のある白い肌にはシミひとつ見当たらない。芳乃と同じ歳にはとても見えない美貌を誇っている。
　このグループのリーダー格はマリだが、カーストの頂点に君臨するのはこの里帆子だった。圧倒的な美貌はもちろん、財力も彼女が頂点だ。彼女の夫はファッション関係の会社を経営しており、芳乃たちの住むタワマン【グランスカイコート】の最上階にふたつも部屋を所有している。

「そうねぇ。芳乃さんは私たちと違って、生粋のお嬢様だものね」

　マリは言ったが、それが褒め言葉ではないことに芳乃は気がついている。野心と才覚と美貌でハイスペックな夫を捕まえた彼女らと違い、芳乃は金も夫も親に与えてもらった。芳乃自身にはなんら誇れるものがない。それをあざ笑っているのだ。

　芳乃はこの会は純粋に食事を楽しむものと思っている。ランチとはいえ、高級店のコース料理だ。適当な笑顔でやり過ごしつつ、食事のみに集中した。

「芳乃さん」

　帰り際に里帆子に声をかけられ、芳乃は振り返る。彼女はマリの後ろ姿を見送りながら、声をひそめて言った。

「さっきのマリさんの、気にしちゃダメよ」

　里帆子はコーラルピンクの唇でふふっとかわいらしく微笑んでみせた。

「マリさんね。ほんとはバーキンが欲しかったみたいなの。だから芳乃さんが妬ましくて、あんなこと言ったんだと思うわ。許してあげてね」