金曜日の恋人〜花屋の彼と薔薇になれない私〜
 芳乃は自身が手にしているバーキンを見下ろした。丁寧に扱ってきたつもりだが、経てきた年月の分だけやはりくたびれている。もし今売りに出したとしても、大した値はつかないだろう。それでも人から羨まれるほどの価値がこのバッグにはあるのか……。持ち主よりよほど価値のあるバッグ。皮肉なものだ。
 バーキンも自分なんかより華やかなマリに身に着けてもらうほうがよほど嬉しいだろうにうまくいかないものだな、と芳乃は思う。

(来週のランチ会は別のバッグにしよう)

「それじゃ、また来週ね」

 あでやかに微笑む里帆子に芳乃は礼を言った。

「あの、ありがとう。里帆子さん」

 彼女は笑って首を横に振る。長い髪をなびかせて去っていく彼女の後ろ姿を見送った。

 里帆子はいい人だ。あれだけのものを持っていながら、少しもおごったところがない。五歳になるかわいい娘をもつ、良き母でもある。

(匠さんが好きになるのも当然……ね)

 今日は金曜日。今夜、夫である匠は芳乃ではなく里帆子の元へ帰る。毎週金曜日がふたりの逢瀬の日だった。

 ふたりの関係を初めて知ったときは、その場で気を失いそうになるほどのショックを受けた。狼狽し、傷つき、怒りもした。だが数年経った今では、妙な納得感をもってふたりの関係を受け止めていた。

 里帆子のような女がタイプなら、匠が芳乃を愛せないのも道理だろう。芳乃も匠も、どちらも悪くない。夫婦仲は冷えてしまったわけでも壊れたわけでもない。初めから、どうにもならないことだったのだ。
 
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