最終列車が出るまで


 トノさんの外見は、どちらかというと地味だと思う。ただ、はにかんだような笑い方が、妙に可愛く見える。あまり表情が動かないトノさんが、クスリと、はにかんだように笑っているのを見つけた時は、ちょっと嬉しくなってしまう。

 最初は「接客業なのに、それで大丈夫?」なんて心配したのに、ふと気付けば、トノさんに不思議な魅力を感じていた。

 トノさんに、いつもは頼まないカクテルを作ってもらって飲んだ。どれもおいしくて、きれいなカクテルだった。

 最後には、トノさん特製のチョコムースが出てきた。なめらかで濃厚でほろ苦で。ただ甘いだけじゃない繊細な味のチョコムースに、みんな心を捕まれた。

 お店の外まで出て、トノさんは私達を見送ってくれた。あの、はにかんだ微笑みを浮かべて。

 ビルの外に出て立ち止まり、みんな、なんとなくホゥと息を吐いた。ずいぶんと、長居してしまった。

 「カクテル、おいしかった」、「チョコムースも絶品!」、「トノさんて、おもしろい」と、みんなで笑いながら言いあった。

「あのチョコムースは、ずるいよね。このチョコムースを作ったのが、あんな感じのトノさんなんて!私、ギャップに『キュン』としちゃった」

 アラフォーグループの中では一番若手の原口(はらぐち)さんが、うっすらと赤く染まった頬を押さえながら言った。

「中野ちゃん、トノさんは実は“曲者(くせもの)”だって事はない?」

 久米さんが、からかうような笑みを浮かべながら、中野さんの肩に自分の肩を軽くぶつけた。

「う~ん。トノさんがそういう強かなヤツだったら、私の心配が減るから、それはそれでいいの!」



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