最終列車が出るまで


 いつもよりも大股で勢いよく歩いたせいか、駅に着いた時には軽く息があがっていた。歩調を緩め、呼吸を整えるように深呼吸する。

 たいして距離を、歩いていないのに。やっぱり、運動不足だな。何か身体を動かすような事を、始めた方がいいよね。あっ!今、何時かな?バーを出た時は、十時半くらいだったっけ。

 そんな、とりとめのない事を考えながら、駅舎の二階を目指す。エスカレーターに行きかけて、階段を上がる事にした。

 少しずつでも、意識して身体を動かそう!自分の中で、そう小さく決心をする。

 サンダルのヒールの高さは、六センチはある。ただ、コルク素材でできているからか、歩く時の衝撃を和らげてくれているようだ。

 階段を上がりきり、時間を確認しようと、バッグからスマホを取り出した。十時四十二分。最終列車まで、三十分もないわね。

 スマホを手に持ったまま、通路を右に折れようとした。私の視線の先には──


 ──彼が、いた……


「っっ!!」

 息を呑んで、立ち止まる。すぐ傍の壁に、右手ですがるように手をついた。彼の姿が私の視界からすぐに消えて、そっと息を吐いた。

「嘘……えっ、本物?」

 壁に背を預けていた私は、息を潜めながら顔だけを出して確認する。

 いる……あの日、彼が座った同じイスに、きれいな姿勢で座っている。

 左手でスマホを握り締めたまま、右手で両目を擦る。何度か瞬きをして、しっかりと見る。そのまま右手で、頬をつねってみた。

「痛い……」

 やっぱり、彼はいる。夢でも幻でも、ないようだ。顔を引っ込めて、壁に寄りかかる。祈るように、両手を胸の前で重ねた。

「また、会えた……」



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