最終列車が出るまで


 頬が、緩んでくる。本当に、会えると思っていなかった。落ち着こうと、二~三度深呼吸をした。

「よし」

 気持ちが多少は落ち着いたので、壁から身体を離した。彼の元へ向かう為に小さく一歩を踏み出して、ふと不安になった。

 彼に会えて私は嬉しくて興奮しているけれど、彼は私の事を覚えているだろうか?六ヶ月も前の、ほんの僅かな時間の出来事だ。彼が私と同じように覚えている事は、まずないだろうし。……うん。その時は、その時だ。「あの時はありがとうございました」と、またお礼を言えばいいだけだ。

 イヤ!やっぱりそれは、違う気がする。私は彼と、約束をしたのだ。指切りをして。

『次お会いした時には、今度こそ飲みに行きましょう。……たとえ、最終列車を逃す事になっても』

 ほんの少ししか話してないけど、彼が真面目で誠実な人だという事は、よ~く伝わってきた。そんな彼が、ただオバサンをからかう為だけに、あんな言葉は言わないと思う。

 あの日のように、楽しくお話できて別れられたら、それでいい。でももし、そうならなかったら?本当に飲みに誘われてしまったら、私は、どうする?

 私は彼と、本当に飲みに行くのだろうか?たとえ、最終列車を逃す事になっても……

 あまりにも厚かましくて、あえて考えないようにしていたが。あの日私は、彼から“好意”のようなものを感じた。彼の言葉から、眼差しから、纏う空気からも。

 ただの勘違いかもしれない。それでいいとも、思っている。あの日、彼と出会った事で忘れていた感覚を思い出せた。ドキドキしたりキュンとしたり、そんなときめきを感じたのは、いつ以来だっただろう。

あの日から心の中の目立たない場所に、そっと大事に潜ませている、小さな宝物のような想い。



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