最終列車が出るまで


 ──左手に握り締めていたスマホが震えた。一瞬躊躇ってから、タップした。

「もしもし」

 言葉が喉に引っ掛かったように、うまく出せなかった。

『もしもし、かあさん?』

「なっちゃん!?どうしたの?こんな時間まで、起きてるなんて……」

 夏美の声に、なぜか目頭が熱くなった。ごまかすように、咎めるような声を出した。

「今ね、MITAYA(みたや)にいるの。かあさんの事、迎えにきたんだよ。びっくりした?」

 私の言う事などお構いなしに、夏美は明るい声で近くにある本屋さんの名前を出した。

「えっ!?ほんとに?迎えにきてくれたの?」

『とうさんに代わるね』

 自分の言いたい事が言えて満足したのか、私の質問に答える事なく夏美はダンナに、スマホを渡したようだ。

『もしもし、お疲れ!終わったよな?駅まで行けばいい?』

「あっ、うん、駅にいる。とうさん、ありがとう……」

 胸が、詰まるようだった。なんとか、それだけを絞り出して言葉にした。

『おう!じゃあ、また』

 いつも、必要な事しか言わないんだから。でも今日は、それがありがたかった。


 ──私は、彼に会わない事を選んだ。


 私が厚かましくも感じた彼の好意が、もし本当だったとしても。私は、彼の想いには応えられない。寂しさや虚しさを感じると言いながらも、日常生活を大きく壊すような事を、私はしない。ダンナや娘達を傷付けるような事は、絶対にできないのだ。

 でも、彼に会えばそんな気持ちが揺れてしまう。彼が何かを求めれば、私は応じたくなるだろう。心の中が、もっともっと彼でいっぱいになる。そんな風になってしまうのが、怖かった。



< 43 / 44 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop