最終列車が出るまで


 彼と、会いたいと願っていた。でも、彼と再び会えた時、この想いは変わっていくのだろうか。

 私は彼と、この先、どうしたいのだろう──

 壁にもたれて両手を重ねて額に置き、ギュッと目を閉じた。

 いろんな場面が、思い浮かぶ。ダンナとの初めてのデート、初めてのキス。逸美が上げた産声。夏美が初めて熱を出した日。いろんな場面が浮かんでは、新たな場面が重なっていく。

 最後に浮かんだのは、あの日の彼。きれいな横顔、真っ直ぐな眼差し、絡めた小指……彼の小指の感触も温かさも、鮮明に覚えている。

 閉じていた目を開いて、自分の不細工な右手を見た。フゥと息を吐いて、壁から身体を起こした。再び顔だけを出して、彼を見つめる。

 当然だが、コートは着ていない。淡い水色のシャツに、黒色のスラックス。ノーネクタイだ。薄着になって、より彼の身体のラインが見える。広い肩幅、長い手足。スッと伸びた背筋が彼の内面を表し、外見的にもすてきに見せている。やだな、もう。やっぱり、美女を愛でるおっさんみたいになってるよ。

 思わず苦笑を浮かべる。

 クールビズでも、めっちゃカッコいいです。あの日よりも、前髪は長めかな?手持ちぶさたな時間にも無意にスマホを見ることもなく、静かに座っている。

 とても、彼らしいと思った。

 いつも都合のいい時だけ引っ張り出して、ごめんね、神様。でも、どうしても誰かにお礼を言いたい気分です。

 彼に出会わせてくれて、ありがとう、神様。あの日に出会って、話をして。それだけでも、私にとっては奇跡のような時間でした。それが今日、再び会えるなんて……

 顔を引っ込めて、目を閉じた。頭の天辺から爪先まで、真っ直ぐになるように意識する。顎は上げない。お腹に力を入れて、お尻は突き出さない。内腿から踵まで自然に力を入れて立つ。一度だけ、大きく深呼吸をした。

 静に目を開けて、大きく一歩を踏み出した──



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