カレシとお付き合い① 辻本君と紬
♢ プロローグ




 ファーストフード店。

 階段下のカウンター席。

 放課後、辻本(つじもと)君に半ば強引に誘われて一緒に入った。

 たまたま特別に安い日だったみたいで、店内はかなり混み合っている。

 中途半端な階段下しかあいてなくて、それでもやっと見つけた席だった。

 横並びの席は間隔が狭くて、学校のカバンはどこに置いたらいいんだろう、と思った。
 
 背の高い小さい丸い椅子⋯⋯ 辻本君は長い足でパッと何でもなく座り、足の間の床に、ドカッ、と学生カバンを置いた。

 私は届かない足で、ぐらぐら、なんとか腰掛けた。真似してそろっと床にカバンを置く。

 実は私は、学校帰りにこんなお店に入ったことがなくて、落ち着かなかった。
 
 初めて男の子と2人でお店に入ったから。
胸がちくっとなる。
罪悪感かな。

 初めてのことを彼氏以外とするなんて、良くない気がしてしまう。

 平気でこんな事する辻本君にも、モヤモヤと思ったり。
付き合ってもいない女の子と2人で、よく入ったりしてるのかな。

 横を見たら、辻本君は真っ直ぐ前を見ている。
 両肘をついて、日焼けした大きな手の指を組み合わせて、でも、その手はギュッギュッと何回も動いていた。
 平気そうにしているけど彼も緊張しているのかもしれない⋯⋯ 。

 辻本君はしばらく黙っていた。

 私も黙って真っ直ぐ前をみていた。
机の上にはジュースが2つ。


(つむぎ)⋯⋯ 」


 辻本君が私の名前を口の中で呼ぶ。
優しく呼んでくれる。
彼の言葉を聞きたくないと思ってしまう。
その次が想像出来たから。


「紬、本当に彼氏いんの? 」


ドキッとした。
 彼が組んだ指で自分の唇を隠しながら、私の目をのぞきこんだ。
その目に辛そうな気持ちが浮かぶ⋯⋯ 。

 彼の気持ちは私に向けられてる。
いくら経験がなくても、男の子の気持ちが分からなくても、それでもちゃんと感じる。


「いないだろ? 」


 確信と、嘘であってくれという気持ち、が混ざって絞ような声だった。

 グッといろんな気持ちが押し寄せた。
 
 彼氏の顔はおぼろげで、はっきりと思い出せない⋯⋯ 。
 あの時、『先輩』にはっきり言えばよかった。
 でも⋯⋯ 。


「ほんとに、いる⋯⋯ 」


たぶん⋯⋯ 。

苦い気持ちや後悔でいっぱいで、小さな声で答えた。
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