君のブレスが切れるまで
「ありがとう、奏。私のことを案じてくれて」
「いいよ、別に……。でも、本当なら怪我の治療が先だった。怪我してる雨に無理させたくなかった気持ちが先行しちゃったみたい」


 ありがとうと言われ、少しだけ恥ずかしくなる。別に嬉しくないぞ、という気持ちを全面に出しながらも、素直に言葉を述べた。


「奏は優しいわね」
「そんなこと……雨にはすごくお世話になってるから」


 傷口にガーゼを当て、次に手際よく包帯を巻いていく。
 これだけは同い年の誰よりも上手くできると自負している。相手がたとえ様々なことに長けている雨だったとしても、負けないくらいに。叔父に殴られていた頃はこんなこと誰にもしないだろうと思っていたのに、他の誰かを治療するなんて想像もしてなかった。
 ある程度巻くと包帯をハサミで切り、優しく、けれど外れないようにしっかりと結ぶ。これでできあがり。


「……綺麗ね」


 包帯の巻かれた手を掲げ、そう呟く雨。
 本当はこんなこと好きでもなく、上手になりたいと思ってなったわけじゃない。叔父に与えられた暴力のせいで上手くなっただけ。言ってしまえば負の遺産。
 でも、雨の役に立つというのなら上手くなっていて良かったと思うし、自分の中で少しだけ好きになれそうな一面かもしれない。


 そういえば、手の甲を切ってしまっているのなら雨は上手く手を使えないんじゃ……。夕飯のことを思い出し、今でも掲げた手を見つめている彼女へ告げた。


「その手じゃ料理作れないね、今日は私が作るよ」
「奏が?」
「不満?」
「いいえ、すごく嬉しいわ。怪我してよかったかも」
「冗談でもそういうことは言わないの」


 そんな感じで少しだけ談笑をし、今日の夕飯は私が作ることになった。とりあえず食材の数が微妙に少ないので、買い物へと向かうことにする。



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