純潔花嫁―無垢な新妻は冷徹社長に一生分の愛を刻まれる―
隣に座る兼聡は屈託のない笑みを浮かべている。睡は「そんな大袈裟な」と笑いつつも、確かにこんなふうに過ごしているのは数週間前の自分からしたら夢のようだ。
小型のボンネットバスが、ガラガラとエンジン音を立てて何台もすれ違うのを眺めていると、兼聡がなにげない調子で言う。
「ついでに藤浪楼に顔を出していったらどうですか?」
「ううん、いいんです。女将に『二度と戻ってくるんじゃないよ』って言われているし」
藤浪楼の皆の顔を見たい気持ちはもちろんあるが、身請けされた女が現れても冷やかしだと捉えられてしまうかもしれない。きっと女将にも突っぱねられるだろう。
兼聡もすぐに察した様子で、「そっか」とひとり言をこぼして頷く。
「でも、四片さんはすごく寂しがっていますよ。髪を結うのは俺ではないけど、たまに会うと話すんです。睡さんがいなくなってから、めっきり元気がなくなっちゃって」
意外なことを聞き、睡の胸がちくりと痛んだ。四片に元気がないのは単に寂しいせいではないかもしれないと、離れてから不安が大きくなっている。
「私、四片にも会えないまま廓を出たんです。あの子が会いたがらなかったみたいで。先に出てしまった私のことを恨む気持ちも少なからずあるんじゃないかって……」