呪われ聖女、暴君皇帝の愛猫になる 溺愛されるのがお仕事って全力で逃げたいんですが?


 イザークは前屈みになるとシンシアが包まっているブランケットを広げ、ティルナ語の詠唱を始める。
 室内に光の粒を一瞬で満たし、それはうねりながら組紐文様の魔法陣を描いていく。

 精霊魔法の魔法陣は鮮明であればあるほど強力になる。イザークが作り出した魔法陣は見事に鮮明な組紐文様を描いていた。

(すごい。イザーク様の精霊魔法はヨハル様のものにも匹敵する)
 魔法陣の光の粒がシンシアの身体に降り注ぐ。最後に身体に溶け込むようにして魔法陣が消えると重だるかった身体はすっかり軽くなった。

 身体を起こしたシンシアは口を開く。

『身体が楽になりました。ありがとうございます。イザーク様は精霊魔法もお使いになるのですね』

 もちろん『ユフェ』の発音が完璧なのでティルナ語が堪能なことは分かっていたが、ここまでの精霊魔法の技術を持っているとは想像もしていなかった。
 イザークは面映ゆそうな表情を浮かべる。

「主流魔法と比べると得意ではないが、地道に努力して習得した。ユフェにとっては息をするように容易いことかもしれないが、ティルナ語の発音は難しいな」
『イザーク様のティルナ語は完璧ですよ。でも意外です。何でも簡単にこなす要領の良い人なのかと思っていました』

 イザークは首を横に振ると頬を掻く。

「俺は不器用だ。剣の腕も魔法の腕も死んだ兄弟に比べれば劣る。政治に関して言えばキーリに助けられてばかりだ。才能はなかったから努力で補うしかなかった。皇帝であり続けるためにも地道に努力を続けていこうと思う」

 イザークは何でも完璧にこなす超人だとばかり思っていたので意外な返答に驚いた。彼はこれまで人一倍努力を重ねてここまで上り詰めてきたようだ。
 それでも未熟だと言って謙虚に頑張ろうとしている。
 改めて知るイザークの一面に何だか嬉しくなった。

(完璧に見えているだけで、イザーク様も普通の人と同じなんだ)

 周りの期待に応えようと努力するイザークが本来の彼のようだ。聖女のシンシアと同じで、常に完璧を求められているとあって勝手に親近感を覚えてしまう。
 イザークは膝立ちになると、シンシアの背中をぽんぽんと叩く。

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