恋愛境界線

(うやうや)しく受け取る私を見て、課長はフッと鼻先で笑ってバスルームに消えた。


まだ出て行かないのか?と言われてもおかしくないのに、まさか合鍵をもらえるなんて。


歓迎の意味を込めて渡してくれたんじゃなくて、ここで暮らす上で必要だから、半分仕方なく貸してくれたに過ぎないだろうけど。


それでも、手の上の僅かな重みが、何だか無性に嬉しくて、特別な証に感じられるそれを胸元でギュッと強く握りしめる。


同時に、渚が私の住んでいたマンションは解約が完了したと言っていたことを思い出した。


間違っても渚と一緒に暮らすという選択肢が私にない以上、次に住む場所を探さなければいけない。


その煩わしさを考えると、改めて余計なことをしてくれた渚に対する怒りが沸々と込み上げてくる。


当初の予定では、自分の住んでいる部屋の改修工事が終わるまでの間だけだったのに、もう少しだけ、ここで課長のお世話にならなければならなくなった。


せっかく合鍵をもらったばかりだけれど、一日も早く次に住む所を見つけないと。


そう思ったら、不思議と手の中にある鍵が少しだけ、ひんやりと冷たくなった気がした。




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