恋愛境界線
「何って……」と、呆れ顔で課長が私の方を振り返った。
「君の寝相の悪さを心配したりとか、まあ概ね、そんなところだ」
無駄口を叩いてないでさっさと布団に入りなさいと、シーツの端を捲って課長が私を呼ぶ。
課長のその動作は、飼い犬に『ハウス!』と命じる飼い主のそれと一緒だ。
女性としてどころか、人間としてすら認識されていないんじゃないかと疑わしくなってくる。
すごすごとベッドの中に潜り込み、広いダブルベッドの端に移動する。
念の為、枕を縦にしてベッドの中央部分に配置した。
「……芹沢君、それは?」
「これですか?境界線です。枕からこっち側には来ないで下さいね」
「なにが境界線だ。もう何度も言ったが、万が一にも私が間違いを犯す心配しているのなら、そんな心配は無用だ」
「知ってます。でも、ないよりはあった方が、お互いに少しは落ち着きません?」
「君はせいぜい寝ている間に、境界線から足をはみ出さない様に気を付けなさい」