恋愛境界線
戻ってきた若宮課長の表情は、心なしか厳しくて。
「あの……、若宮課長、お早うございます」
遠慮がちに声を掛ければ、まるで何もなかったみたいに「お早う。もう大丈夫なのか?」と訊ねてきた。
「はい。昨日は突然休んでしまい、すみませんでした」
昨日のことも含めてだけど、いまは部下として、「ご迷惑をおかけしました」と謝る。
「今後は体調管理に気を付ける様に。それから、朝の内に有給休暇の申請書類を書いて提出して。くれぐれも日付を間違えない様に」
本来なら、有休を取る場合、事前に申請書類を提出しなければいけないのだけれど、わが社では病欠などのやむを得ない理由の際は事後申請も認められている。
「承知しました」と答えながら、若宮課長を盗み見る。
いつもと変わらない態度に、熱を出して若宮課長のマンションに泊まったことは、実は夢だったんじゃないかって気分になってしまう。
それから、さっき戻って来た際に垣間見た厳しい表情さえも、私の見間違いだったんじゃないか、って。
けれど、今は仕事に集中しようと決め、自分の席に戻った。
現在取り組んでいるこのプロジェクトも、もう最終段階に入っている。
これを成功させたら、きっと私の中でなにかが掴める気がするから、他のことに気を取られたり、余計なことで気を抜いてる暇なんてない。