王女ちゃんの執事1『で・eye』加藤さん、きれいです。
「加藤さん。話……、開いてくれますか?」
「やだ」
 おれの即答に、町田は笑った。
「だめですよ。聞いてくれます。だって、青くなりましたもん」
「………」
 顔色か?
 思わず頬に手を当てたおれに、また町田が笑う。
「おれ、こんなこと、誰かに話せる日がくるなんて、思いませんでした」
「待て。おれは聞くなんて言っ」「ありがとう、王女さま」
 続く言葉を喉につまらせた、とどめの一撃。
 町田は、おれじゃない誰かに頭を下げていて。
 おれはもう振り返ることもできずに、廊下の冷たい床に、ぺたんと女の子座り。

 いるんだな? 
 いると言い張るんだな?

 よし。わかった。
 話はそいつとしてくれ。
 おれは知らん。
 関わらん。



「おれ、小さい頃から見えるんです。なんか、ヒトの周りに色…が」
 色? 
 王女さまとやらじゃなくてか。
 …ってか、おれに話しかけるのはやめろ。
「町田」
「はい」
「おれがイヤホンしたら、しゃべってよし。いいな」
「はあ?」

 町田が音楽室にバッグを置いてきたというので、おれたちは音楽室にいる。
 バッグのなかに傷バンも消毒薬もあると町田が言ったからだ。
 医務室は放課後には無情に閉まる。
「あの、それって補聴器かなんかです?」
 奥のドラムセットの横で、手慣れた様子で傷口を消毒していた町田が、ドアにもたれているおれを見た、その上目遣いの表情にはありありと心配げな色が浮かんでいる。
 ひとの心配よりてめぇの傷の心配をしろ!
 …と、つい返してしまいそうになって深呼吸。
「いいから。言いたいことは王女と話せ。おれは知らん」
「え? 加藤さん、王女さまのこと、実はご存知でした?」
 頭打って忘れたか、ごらあ。
 おまえがいると! 
 言ったんだろうがっっ。
 眉間にシワをよせてにらんでやっても、町田は怖がるどころか、ボーッと頬を染めて唇を半開き。
「すごい! おれも、こんなに見えたのは初めてなんです。色のほかにも、なんかボンヤリ見えることがあるんだけど――。すごい、加藤さん、すごい。そっか。そうなんだ」
「…………」
 わかった。
 もはやこれは、会話はあきらめろということなのだな。
 うん。


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